日本の世界遺産 今後の在り方について

日本の世界遺産

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/31 13:35 UTC 版)

今後の在り方について

新型コロナウイルス感染症の流行により、2020年に開催予定であった第44回世界遺産委員会が延期となったため、文化庁文化審議会世界文化遺産部会は2022年に審査を受ける国内候補選定を行わないことにし[36]、2023年審査分選定も例年の7月には行わず2021年中に結論を出すと先延ばしにした。

このような社会情勢に加え、ユネスコと世界遺産委員会が世界遺産に求める条件が多様化したこと(以下に列挙)などをうけ、2020年10~11月にかけて文化審議会世界文化遺産部会は今後の世界遺産の在り方について協議を始めた[39]

近年、ユネスコ・世界遺産委員会は、災害等を含めた管理体制と被災時における適正な復旧手法の事前構築、緩衝地帯を含めた景観保護や開発の監視・規制[40]、世界遺産管理のエッセンシャルワーカーとしてのサイトマネージャーの育成、文化遺産維持に必要な文化資材の確保、遺産の価値や意義の周知徹底[注 11]、保存活動への地域コミュニティの関与、世界遺産が与える地域貢献の具体案、観光公害対策[注 12]を求めるようになり、こうした条件に対応できる物件・地域(自治体等の地方行政機関)でなければ世界遺産の候補とすることは難しいとした。

また物件そのものも、ユネスコや諮問機関がこれまで行ってきたテーマ研究に基づく「世界遺産リストにまだ充分に反映されていない分野」[注 13]から選定すべきとし、これは前述の西村の意見とも合致しているほか、イコモスによる「遺産としての農村景観に関する原則」[41]に基づき地域多様性を反映する一般家屋や集落景観の可能性も示唆。

文化ナショナリズムが台頭していることをうけ、国際軋轢(あつれき)を生まない物件にする配慮も必要とする。

さらに、国連機関の一員であるユネスコは、国連が推進する持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みから持続可能な開発のための文化を採択し、持続可能な開発を世界遺産にも反映させるべく求めるようになり、今後の世界遺産登録を目指す際には官民一体となった対応が不可欠とされる。SDGs目標11「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」の第4項に「世界の文化遺産および自然遺産の保全・開発制限取り組みを強化する」と明記されており、特に世界遺産候補地周辺での開発は慎重かつ国際ルールに則った適切なもので実施しなければならない。

こうしたことを踏まえ、2021年1月21日に開催した文化審議会世界文化遺産部会は新たに推薦されるべき候補として、

  1. 地震洪水といった防災に係るもの
  2. 対象の保護に無形文化遺産が必要不可分に関わっているもの
  3. 独自の信仰形態を表すもの
  4. 自然の尊重や自然との共生という古来からの精神を体現したもの
  5. 自然環境と生活の相互作用が独自の文化的価値を表現しているもの
  6. その時代の日本文化を象徴する資産が全国に展開されているもの
  7. 戦後の復興を象徴するもの

という指標を示した。

また2021年2月4日の同部会では、トランスバウンダリー(国境を超える遺産)での国際協調も重視するとし[42]、ユネスコの求めに沿った複数の都道府県をまたぐシリアル・ノミネーションの増加を指摘。2005年、2006年のように単体の自治体推挙による公募制は採らないこと(シリアル・ノミネーションの優位性を示唆)や各既登録地の拡張登録を模索すること、自然との共生や相互作用を意識して自然面での保護根拠にエコパークジオパークを充てる試みなどを決めた[43]

3月30日の最終部会では、前回で単独自治体推挙による公募制を採らないとしたことをうけ、新候補地の選定方法として、文化審議会と外部有識者による書類審査・現地調査・ヒアリングで、前述の諸条件を満たし証明してるかを検証するとし[44]、文化庁幹部は「有力候補を一本釣りする」としている[45]

さらに2021年に順延開催された第44回世界遺産委員会において、世界遺産保全に気候変動対策を盛り込むことが決定し、新規推薦に際して遺産影響評価(HIA)として被害想定シミュレーションと対策案を盛り込むことが義務付けられ、対応が求められる[46]

一方、自然遺産に関しては、生物多様性条約において生態系保全のため2030年まで国際社会が取り組むべき行動指針として、全世界の陸海域の30%を生物・生態系保護区にするという目標が定められ(2010年制定の愛知目標では陸域の17%、海域の10%と設定)、各国の制度下で国立公園や国営保護区を積極的に設けるよう求める方向性が示され、ユネスコとしても世界遺産に登録枠を設けることができないか検討することになったことから、その可能性を追求する余地も出てきた[47][注 14]

世界遺産の推薦は2020年から文化遺産・自然遺産を問わず審議対象は一国一件に限られるようになり、全体審議数も35件までとして登録数の少ない国を優先するため推薦物件が多い場合には日本からの推薦が受理されない可能性もあるなど(2021年第44回世界遺産委員会での新規登録で日本は25件となり保有数で世界11位になった)、一層狭き門となるつつある状況に加え、正式推薦に先立ち「潜在的顕著な普遍的価値(POUV)」などを書面審査する「事前評価」制度を導入することが決まり、推薦書作成に際してさらに手間と時間を要するようになり、これにも対応しなければならない[48]


  1. ^ 橋野鉄鉱山の採掘場と運搬路を含む。
  2. ^ リファレンスナンバーは暫定リスト掲載時に振られる管理番号で、登録後に世界遺産リスト掲載時に与えられるIDとは異なる。
  3. ^ 支石墓は現在の北朝鮮や中国東北部でも造られたが、中国においては文化大革命で悉く破壊され現存していない
  4. ^ 足利学校、弘道館、閑谷学校は2011年に「近代の教育遺産」(茨城県、栃木県、岡山県、大分県)として推挙。
  5. ^ 「北海道・北東北の縄文遺跡群」とは別件。
  6. ^ 山形県では2009年6月に現職を破って知事に当選した吉村美栄子が、登録推進事業の中止を打ち出した[25]
  7. ^ 知床は2005年に、小笠原諸島は2011年に、それぞれ世界遺産登録。奄美・琉球は2020年に審議予定であった。
  8. ^ 黒部・立山では、使われなくなったレンガ造りの黒部川第二発電所を再利用した下山芸術の森発電所美術館や世界的建築家・磯崎新による立山博物館展示館など、西村が指摘する条件に沿う施設も充実している。
  9. ^ 小笠原の登録基準ⅷを追加する「軽微な変更」の方が現実的。
  10. ^ 阿寒湖では「自然遺産推薦に向けた選定」の際に評価対象とされなかったマリモの生育圏を自然遺産にする動きがある。
  11. ^ ヘリテージツーリズム世界遺産と博物館の計画。
  12. ^ オーバーツーリズムによる環境負荷軽減を目指した来訪者コントロール、また世界遺産がクラスター発生地とならぬよう新型コロナウイルス感染拡大防止の観点も含む。
  13. ^ 「世界遺産リストにまだ充分に反映されていない分野」とは以下を指す。産業遺産・土木遺産・運河文化の道20世紀建築近代都市都市遺産聖なる山岩絵先史時代遺跡・化石人類遺跡。
  14. ^ 上掲「暫定リストへの越境遺産の提案」での東アジア・オーストラリア地域フライウェイは生物多様性の観点から可能性を秘めているが、世界遺産に求められる完全性の法的保護根拠が障壁となる。ラムサール条約指定地だけでは充分ではなく、渡り鳥条約は日本と相手国の二国間条約でしかなく、移動性野生動物種の保全に関する条約は未批准である。

出典

  1. ^ 紅葉の合掌造りに水柱輝く 白川郷で放水訓練”. 産経ニュース (2021年11月7日). 2021年11月7日閲覧。
  2. ^ a b 我が国の暫定一覧表記載文化遺産”. 文化庁. 2017年5月26日閲覧。
  3. ^ a b Tentative List (Japan)” (英語). 2017年5月26日閲覧。
  4. ^ 世界遺産、鎌倉推薦の活動休止 県と3市」『神奈川新聞』、2019年11月22日。2019年11月23日閲覧。
  5. ^ 彦根城、世界遺産へ一歩 県と市が推薦書原案を提出」『中日新聞』、2020年4月3日。オリジナルの2020年4月4日時点におけるアーカイブ。
  6. ^ 20年度の世界遺産候補の選定見送り」『共同通信』、2020年6月29日。オリジナルの2020年6月29日時点におけるアーカイブ。
  7. ^ 彦根城、世界遺産登録へ「盛り上がり課題」 暫定リスト記載から約30年経過」『京都新聞』、2021年4月3日。
  8. ^ 彦根城の推薦書素案提出 世界遺産24年登録目指し」『産経新聞』、2022年6月29日。2023年8月10日閲覧。
  9. ^ a b 世界遺産登録へ1年お預け びわ湖放送 2022年8月3日[リンク切れ]
  10. ^ 今後の世界文化遺産への推薦に係る文化審議会意見について”. 文化庁 (2023年7月4日). 2023年7月5日閲覧。
  11. ^ 「[sankei.com/article/20200331-ESFZA75ODJMZJMACT73BEETSTU/ 「飛鳥・藤原の宮都」を世界遺産登録へ 県が推薦書素案提出]」『産経新聞』、2020年3月31日。2023年8月10日閲覧。
  12. ^ 世界文化遺産へ 「飛鳥・藤原」の推薦書素案に「万葉集」も」『NHK』、2021年3月30日。
  13. ^ 「残された階段が見えてきた」奈良の荒井知事らが世界遺産登録目指す『飛鳥・藤原』」『MBSnews』、2022年6月29日。 [リンク切れ]
  14. ^ a b “「彦根城」と「飛鳥・藤原の宮都」 世界文化遺産登録目指し検討始まる”. FNNニュース. (2023年7月4日). https://www.fnn.jp/articles/-/551841 2023年8月10日閲覧。 
  15. ^ 政府、佐渡金山の世界文化遺産推薦書を提出」『産経新聞』、2022年2月1日。2023年8月10日閲覧。
  16. ^ 佐渡金山の書類不備は2月に指摘、世界遺産登録へ「大失態」 自民で批判続出」『産経新聞』、2022年7月29日。2023年8月10日閲覧。
  17. ^ ライト建築が世界文化遺産へ… 芦屋の旧宅も将来の追加候補に」『読売新聞』、2019年7月5日。2019年7月5日閲覧。
  18. ^ “Mégalithisme dans le monde”. Radio Franceポッドキャスト配信. (2022年10月22日). https://www.radiofrance.fr/franceculture/podcasts/carbone-14-le-magazine-de-l-archeologie/megalithisme-dans-le-monde-6039874 2023年1月8日閲覧。 
  19. ^ 「出島 世界遺産候補に」『西日本新聞』、2010年2月18日、1面。
  20. ^ “World Natural Heritage & Biodiversity: The Conservation and Sustainable Development of Coastal Migratory Bird Sanctuaries” side event at 44th session of the World Heritage Committee meeting, China - Eaaflyway” (2021年7月28日). 2021年8月4日閲覧。
  21. ^ 「鳴門の渦潮」世界遺産に ノルウェー、スコットランドと連携を 万博で国際シンポも 推進協総会」『神戸新聞』、2024年3月19日。2024年3月23日閲覧。
  22. ^ 西村幸夫 (2008). “暫定リストの近況”. 世界遺産年報2008. 日経ナショナルジオグラフィック社. p. 38 
  23. ^ 佐滝 2009, p. 172-173.
  24. ^ a b 世界遺産暫定一覧表候補の文化遺産
  25. ^ 佐滝剛弘『「世界遺産」の真実 - 過剰な期待、大いなる誤解』祥伝社祥伝社新書〉、2009年、188-191頁。 
  26. ^ 日本ユネスコ協会連盟『世界遺産年報2004』平凡社、47-49頁。 
  27. ^ 「国際的要素」以外は世界自然遺産候補地に関する検討会(環境省、2018年1月11日閲覧)による。
  28. ^ 平成25年度世界自然遺産候補地等調査検討業務報告書 環境省 (PDF)
  29. ^ 世界遺産候補追加も 諮問機関の副委員長講演」『宮崎日日新聞』、2018年2月9日。2018年2月9日閲覧。
  30. ^ 【産業革命遺産】長年の夢かなった 世界遺産登録に尽力した加藤康子内閣官房参与 47NEWS
  31. ^ 『日本固有の防災遺産 立山砂防の防災システムを世界遺産に』ブックエンド、2015年、[要ページ番号]頁。 
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  33. ^ 朝日新聞 2021年11月3日(ネット配信記事は有料)
  34. ^ 世界文化遺産部会の設置について (PDF) 文化庁 2024年4月16日
  35. ^ a b 吉田正人『世界遺産を問い直す』山と溪谷社〈ヤマケイ新書〉、2018年、[要ページ番号]頁。 
  36. ^ “新潟)世界遺産候補、選定せず 佐渡金山関係者「残念」”. 朝日新聞. (2020年6月30日). https://www.asahi.com/articles/ASN6Y7X0BN6YUOHB00R.html 2024年1月4日閲覧。 
  37. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第2回)議事次第
  38. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第3回)議事次第
  39. ^ 第2回文化審議会世界文化遺産部会[37]、同第3回会合[38]
  40. ^ 遺産影響評価
  41. ^ Rural Landscapes ICOMOS-IFLA Principles concerning rural planeta.com(英語)、2020年4月14日
  42. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第5回)議事次第
  43. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第6回)議事次第
  44. ^ 世界文化遺産部会(第4期第7回)
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  46. ^ UNESCO Revises Its Climate Policy Union of Concerned Scientists(英語)、2021年7月31日
  47. ^ 国立公園などの保護区「世界の陸海域の30%に」…国連事務局が次期目標草案 読売新聞 2021年7月24日
  48. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第3回)議事次第





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