三国志 (吉川英治) 三国志 (吉川英治)の概要

三国志 (吉川英治)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/23 00:38 UTC 版)

新聞連載小説として、戦時中の1939年から1943年までほぼ4年間連載され、単行本も多くの版で刊行され、絶大な人気を博している。基本的なストーリーラインは中国明代の羅貫中三国志演義』に沿いつつ、特に人物描写は日本人向けに大胆にアレンジし、今日までの日本における三国志関連作品へ多大な影響を及ぼした。

作品の背景

少年期からの憧憬

吉川英治は少年の頃、久保天随訳の『演義三国志』を愛読し、深夜まで読みふけるあまり、度々父に「早く寝ろ」と叱られたことがあったという[1]昭和2年(1927年)には報知新聞に連載小説『江戸三国志』を執筆。内容的には三国志には全く関係ないが、あえて題名に「三国志」をつけており、作者の愛着が判る[2]

従軍記者・吉川英治

幼少時から三国志好きであった吉川英治にとって、自ら三国志ものを執筆する契機となったのは昭和12年(1937年)7月に勃発した日中戦争支那事変)である。開戦翌月に吉川は東京日日新聞(現・毎日新聞)の特派員として天津北京などを歴訪した。帰国後離婚・再婚を挟み、翌年には再び「ペンの部隊」として中支那派遣軍に従軍し、長江を溯り、漢口作戦に従うなど、再度中国大陸各地を旅歩いた。このときに大陸の巨大な風土と悠久の歴史の流れに胸を打たれた吉川は、三国志執筆への意欲をかき立てられていく。これらの体験は、本文冒頭の黄河の流れの描写などにも生かされている[2]

なお吉川英治は、原典である『三国志演義』のみを原作に執筆したのではなく湖南文山の『通俗三国志』を元に執筆していると思われる[3]。『通俗三国志』も今日知られている原典の『三国志演義』ではなく、それよりも古い形態である所謂"李卓吾評本系"を底本としたと考えられており[4]、原典にはないエピソードの中には、今日流布する原典では削除された古い形態の流れを汲むもの(吉川の創作ではない)部分も存在している。

連載形態

三国志は、新聞連載小説として中外商業新報(現・日本経済新聞)などで昭和14年(1939年)8月26日付にスタートした。連載中、太平洋戦争大東亜戦争)が勃発したが、連載は続けられ、吉川は連載中の昭和17年(1942年)には三度目の訪中で華南地方を旅行している。昭和18年(1943年9月5日付で連載が終了した。

全体の構成

小説全体は、以下の10巻で構成。

1.桃園の巻
劉備関羽張飛三人の出会いから、曹操による董卓暗殺未遂まで。『演義』の第1回から第4回にあたる。
2.群星の巻
曹操の逃亡から、李傕郭汜による朝政壟断まで。『演義』での第4回から第10回程度にあたる。
3.草莽の巻
献帝長安脱出から、下邳の戦いまで。『演義』ではだいたい第10回から第19回に相当する。
4.臣道の巻
呂布の滅亡から、関羽が曹操の下を辞するまで。『演義』でいう第19回から第26回にあたる。
5.孔明の巻
関羽千里行から、三顧の礼・隆中対まで。『演義』では第27回から第37回あたりまでの展開となる。
6.赤壁の巻
孔明出蘆から、東南の風を祈るまで。『演義』での第38回から第49回あたりに相当。
7.望蜀の巻
赤壁の戦いから、孫夫人が呉に戻るまで。『演義』での第49回から第61回にあたる。
8.図南の巻
曹操が魏公に昇ってから、関羽が樊城で于禁らを捕らえるまで。『演義』での第61回から第74回にあたる。
9.出師の巻
華佗の関羽治療から、孔明の第一次北伐出陣まで。『演義』では第75回から第91回あたりとなる。
10.五丈原の巻
第一次北伐から、孔明死後の魏延謀叛まで。『演義』では第91回から第105回にあたる。

単行本

吉川『三国志』は連載中より単行本が出版され、複数の版元で刊行され続けている。初刊は昭和15年(1940年)より、大日本雄弁会講談社(現・講談社)で出版。昭和31年(1956年)に、弟・吉川晋が勤めていた六興出版から10巻本が出版。没後50年を経てから(著作権が切れ)様々な版元で刊行されている。

講談社版

講談社では『吉川英治全集』全4巻(新版・昭和54年(1979年))ほか様々な版で再刊された。文庫本は、昭和50年(1975年)に「吉川英治文庫 78巻~85巻」が、1980-81年に講談社文庫全8巻が刊行、通勤・通学途中など手軽に読まれ、多数重版された。

1989年平成元年)に、リニューアル版「吉川英治歴史時代文庫 33巻~40巻」が刊行された。この歴史時代文庫版では用語の解説が挿入された。以上の文庫版は全8巻立てのため、上掲の巻の区切りが各巻の中途で切れている。

2008年(平成20年)に、映画『レッドクリフ』の公開にあわせ、講談社文庫・新装版全5巻が出版。従来約2巻分が1巻に改版、中途での区切りはなくなり、本篇のみで「序」と「篇外余録」は削除されている。

六興出版版

六興出版も昭和31年の初版以降、様々な形で出版されたが、すべて巻の構成にあわせ全10巻である。また新聞連載時の雰囲気を伝えるため上下2分割に組割りされており、解説・用語説明などはない。昭和50年代の新装版以降、各巻の背表紙に生頼範義による武将イラストが描かれ、荘重な装丁になっている。最終版は平成2年(1990年)に刊行された新装決定版(同社は平成4年(1992年)に倒産)。現在は1万年堂出版で刊行されている。

新潮文庫版

新潮文庫版も巻の構成通り全10巻、2013年2月より9月にかけ刊行。註解と武器などの解説イラストを挿入している。全巻に渡邉義浩解説と物語地図・年表。表紙イラストは長野剛が担当。2014年2月に文庫別巻で、渡邉義浩『三国志ナビ』が刊行。


  1. ^ 吉川『三国志 序』より。
  2. ^ a b 雑喉2002、140頁。
  3. ^ 立命館大学中国文学専攻HP内三国志の世界『通俗三国志』
  4. ^ 小川環樹『中国小説史の研究』(岩波書店、1968年)。P169-171.
  5. ^ 雑喉2002、144-148頁。
  6. ^ 雑喉2002、153-154頁。
  7. ^ 雑喉2002、150-152頁。
  8. ^ 雑喉2002、141頁。
  9. ^ 高島俊男『水滸伝の世界』(大修館書店、1987年 ISBN 4-46-9230448)87-88頁、ちくま文庫で再刊。渡邉『三国志』、まえがき ii-iii頁、(中公新書、2011年)など。
  10. ^ たとえば高島2000、51頁など。
  11. ^ 雑喉2002、206-207頁。


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