ドナルド・クヌース ドナルド・クヌースの概要

ドナルド・クヌース

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ドナルド・エルビン・クヌース
Donald Ervin Knuth
Open Content Alliance のレセプションでのクヌース(2005年10月25日)
生誕 (1938-01-10) 1938年1月10日(86歳)
アメリカ合衆国 ウィスコンシン州ミルウォーキー
居住 アメリカ合衆国
国籍 アメリカ合衆国
研究分野 数学
計算機科学
研究機関 スタンフォード大学
出身校 ケース・ウェスタン・リザーブ大学
カリフォルニア工科大学
博士課程
指導教員
Marshall Hall, Jr.
主な業績 The Art of Computer Programming
TeX, METAFONT
クヌース-モリス-プラット法
クヌース・ベンディックス完備化アルゴリズム
MMIX
主な受賞歴 チューリング賞 (1974)
アメリカ国家科学賞 (1979)
フランクリン・メダル(1988)
フォン・ノイマンメダル (1995)
プロジェクト:人物伝
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クヌースによるアルゴリズムに関する著作 The Art of Computer Programming のシリーズはプログラミングに携わるものの間では有名である[4]アルゴリズム解析と呼ばれる分野を開拓し、計算理論の発展に多大な貢献をしている。その過程で漸近記法で計算量を表すことを一般化させた。

計算機科学への貢献とは別に、コンピュータによる組版システム TeX とフォント設計システム METAFONT の開発者でもあり、Computer Modern という書体ファミリも開発した。

作家であり学者であるクヌースは[5]文芸的プログラミングのコンセプトを生み出し、そのためのプログラミングシステム WEB / CWEB を開発。また、MIX / MMIX 命令セットアーキテクチャを設計。

生い立ち

ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ。父は小さな印刷会社を経営し、近くの高校で簿記の講師をしており、父親が教えているその高校にクヌースは進学した。高校2年生のとき、"Ziegler's Giant Bar" という文字列から文字を取り出して組み合わせ、どれだけ意味のある単語を作れるかというコンテストが行われた。審査員が事前に用意した回答例は2500語だったが、クヌースは4500語も見つけ出すという才能を発揮し優勝した。賞品として学校にテレビ受像機(当時は高価であった)が贈られ、クラス全員にキャンディバーが配られた[6]

大学教育と初期の職歴

大学進学にあたって、音楽と物理学のどちらを選ぶかで悩んだ末、ケース工科大学(現在はケース・ウェスタン・リザーブ大学)で物理学を学ぶことにした。ケース工科大学で物理学を学んでいた頃、初期のコンピュータの一つである IBM 650 と出会う。そのマニュアルを読んだクヌースは、自分ならもっとうまくできると信じ、アセンブラコンパイラのコードを書き換えることを決心した[7]。1958年、大学のバスケットボールのチームがリーグ優勝するのを助けるため、クヌースは各選手の能力に基づいたプログラムを構築した。これは当時あまりにも画期的だったため、ニューズウィーク誌に記事が掲載され、CBSイブニングニュースウォルター・クロンカイトも取り上げた[7]Engineering and Science Review という技術専門誌の立ち上げに編集者として参加しており、同誌は1959年に技術誌の国家的な賞を受賞している[8]。その頃物理学から数学に転向し、1960年には、ずば抜けた成果により学士号と修士号を同時に与えられた[7]

1963年カリフォルニア工科大学で数学の博士号を取得し[9]、同大学で准教授として働き始め、そこで The Art of Computer Programming の執筆を開始した。実は元々はコンパイラに関する本の執筆を依頼され、当初1冊で内容を完結させる予定だったのだが The Art of Computer Programming という大作になってしまった。6部作となってしまい、さらに7部作へと構想が膨らんでいった。第1巻を出版する直前の1968年、プリンストン大学キャンパスにあった Institute for Defense Analyses (IDA) の通信研究部門を通してアメリカ国家安全保障局 (NSA) の仕事を請け負う職に就いた。しかし、その仕事はクヌースの政治信条には合わなかったようで、間もなくスタンフォード大学に移った。

執筆

The Art of Computer Programming

TAoCP あるいは ACP と略されることがある。コンピュータプログラミングの「Art」について集積した大著である。クヌース自身がここで意図している「Art」がどのようなものであるかは、本書の公刊という業績によって第3巻を刊行後の1974年にチューリング賞を受賞[10]した際に、受賞講演の冒頭で詳細に[※ 1]述べている。

人類のコミュニケーション方法で最良のものは、ストーリーを通したそれだ。 — ドナルド・クヌース

本書を企図した当時、計算機科学は第一歩を恐る恐る踏み出したばかりで、クヌースは「それは正体不明の全く新しい領域だった」と述べている。さらに「入手可能な出版物の水準はあまり高いとは言えなかった。次々と書かれる論文の内容がはっきり言えば間違っている、というような状況だった。(中略)だから、ひどい形で語られてしまっていたストーリーを直したいと私は思ったんだ[11]。」と述べている。

その後1976年に、2巻の第2版の準備中にその版面の仕上がりに不満を持ち[※ 2]TeXMETAFONT を自ら開発し始めてしまい、4巻への着手は多少後ろ倒しとなった。結果として、コンパイラの技法についても続刊の内容として2020年の時点でも予告には含まれているが、それらの分野については既に多くの書籍がある。一方で既刊部分に含まれる、徹底したサーベイと実践に基づき書かれた内容は、しばしば参照される、貴重な記録と言えるものも多い。

2012年現在、最初の3巻と第4巻の第1部が出版済みである[12]

他の業績

他に『超現実数』(Surreal Numbers) という本も執筆している[13]ジョン・ホートン・コンウェイ集合論に基づいて代替の数体系を構築するという数学的小説である。この本は単に主題をそのまま説明するのではなく、数学の発展過程を示すことに努めている。クヌースはこの本を読んだ学生がオリジナルの創造的研究を行うことを望んでいる。

信仰と宗教的業績

クヌースの他の著作として 3:16 Bible Texts Illuminated がある[14]。これは聖書層化抽出法を適用するという試みをしたもので、それぞれの書の3章16節を抜き出して解析している(3章16節を選んだのは「ヨハネによる福音書3章16節」の存在からであるが、他の書の3章16節には基本的に特別な意味は無い)。それぞれの節を美しく効果的に見せるため、ヘルマン・ツァップの指揮でカリグラファー達が協力した。クヌースはルター派である[15]


  1. ^ コンピュータ科学者の Arthur Evans に言及するなどジョークを交えながら、
  2. ^ 出版界に当時、新しく導入された電算写植システムについて編集者や印刷業者の使いこなしに問題があったことが遠因だが、クヌースが「電子出版ツールに不満を持」った、というわけではない。
  3. ^ クヌースの許可を得て、録画した動画が River Valley TV で公開されている。
  4. ^ 完全な著作リストは "Books" at Stanford site にある。
  5. ^ 完全なリストは "Books" at Stanford site にある。
  1. ^ ドナルド・アーヴィン・クヌース - 京都賞”. 公益財団法人 稲盛財団. 2021年11月13日閲覧。
  2. ^ Knuth, Don. “Knuth: Frequently Asked Questions”. Don Knuth's home page. Stanford University. 2010年11月2日閲覧。 “How do you pronounce your last name? Ka-NOOTH.”
  3. ^ Donald Knuth's Homepage at Stanford.
  4. ^ The Art of Computer Programming (Stanford University).
  5. ^ Knuth's CV
  6. ^ Dennis Elliott Shasha; Cathy A. Lazere (1998). Out of their minds: the lives and discoveries of 15 great computer scientists. Springer. p. 90. ISBN 978-0-387-98269-4. https://books.google.co.jp/books?id=-0tDZX3z-8UC&pg=PA90 
  7. ^ a b c Thomas Koshy (2004). Discrete mathematics with applications. Academic Press. p. 244. ISBN 978-0-12-421180-3. https://books.google.co.jp/books?id=90KApidK5NwC&pg=PA244&redir_esc=y&hl=ja 2011年7月30日閲覧。 
  8. ^ History of Beta Nu Chapter
  9. ^ Finite Semifields and Projective Planes – Donald Knuth's Ph.D. dissertation
  10. ^ https://amturing.acm.org/award_winners/knuth_1013846.cfm
  11. ^ 原文のput straitは「直す」とか「正す」という意味。
  12. ^ ドナルド・クヌース. “The Art of Computer Programming (TAOCP)”. 2012年5月20日閲覧。
  13. ^ Knuth, Donald (1974). Surreal numbers : how two ex-students turned on to pure mathematics and found total happiness : a mathematical novelette. Addison-Wesley. ISBN 978-0-201-03812-5 
  14. ^ Knuth, Donald (1991). 3:16 : Bible texts illuminated. A-R Eds.. ISBN 978-0-89579-252-5 
  15. ^ Love at First Byte. Stanford Magazine, May/June 2006.
  16. ^ Professor Donald Knuth”. Magdalen College. 2010年12月6日閲覧。
  17. ^ MITTechnology Review"Rewriting the Bible in 0's and 1's"
  18. ^ ドナルド・クヌース. “Knuth: Frequently Asked Questions”. Don Knuth's home page. Stanford University. 2010年11月2日閲覧。
  19. ^ "Pipe Organ" at Stanford site
  20. ^ ドナルド・クヌース (2010). “An Earthshaking Announcement”. TUGboat 31 (2): 121–124. ISSN 0896-3207. http://tug.org/TUGboat/tb31-2/tb98knut.pdf. 
  21. ^ GLYN MOODY 小山祐司監訳『ソースコードの反逆』株式会社アスキー、2002年6月11日、194頁。 
  22. ^ http://www.admin.technion.ac.il/harvey/1995-2.html
  23. ^ http://www.cs.cmu.edu/~katayanagi/
  24. ^ http://www.fbbva.es/TLFU/tlfu/ing/microsites/premios/fronteras/galardonados/2010/informacion.jsp
  25. ^ Andrew Myers (2001年6月1日). “Stanford's Don Knuth, a pioneering hero of computer programming”. Stanford Report. http://news.stanford.edu/news/2011/june/knuth-engineering-hero-060111.html 2011年6月27日閲覧。 
  26. ^ http://fellows.siam.org/index.php?sort=year&value=2009
  27. ^ Gruppe 1: Matematiske fag” (Norwegian). Norwegian Academy of Science and Letters. 2010年10月7日閲覧。
  28. ^ Donald Knuth: 85 - Coping with cancer”. Web of Stories (2006年4月). 2012年5月2日閲覧。
  29. ^ http://www-cs-faculty.stanford.edu/~uno/taocp.html
  30. ^ "Selected Papers" at Stanford site
  31. ^ "Literate Programming"
  32. ^ "Selected Papers on Computer Science"
  33. ^ "Digital Typography"
  34. ^ "Selected Papers on Analysis of Algorithms"
  35. ^ "Selected Papers on Computer Languages"
  36. ^ "Selected Papers on Discrete Mathematics"
  37. ^ "Selected Papers on Design of Algorithms"
  38. ^ "Selected Papers on Fun and Games"
  39. ^ "Companion to the Papers of Donald Knuth"
  40. ^ the book's official homepage


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