古代、ビザンティン、初期中世の彫刻とは? わかりやすく解説

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古代、ビザンティン、初期中世の彫刻

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 05:02 UTC 版)

国立中世美術館」の記事における「古代、ビザンティン、初期中世の彫刻」の解説

中世美術館だが中世だけでなく古代彫刻、特にルテティア歴史一端を知ることができる彫刻なども展示している。フリギダリウム展示されている『船乗り』はパリ最古彫刻である。「船乗り (naute)」とはガロロマン時代セーヌ川で船を使った運送携わっていた人々であり、『船乗り』は、西暦1世紀ローマ帝国第2代皇帝ティベリウス治下西暦14-37年)にルテティア船乗りユピテルローマ神話主神)に献納したものだが、ユピテルウルカヌス(火と鍛冶の神)などのローマ神話の神以外に、ケルヌンノス狩猟の神・冥府神)、エスス戦いの神)などのケルト神話の神も彫られており、シンクレティズム混合主義)を示す例として重要である。この18世紀ノートルダム大聖堂聖歌隊席の下から発掘された。また、シテ島からも2世紀パリ司教『聖ランデリクスの』の断片1829年修復工事の際に発見されたが、こちらはローマ神話神のみ彫られている。 19世紀パリ発見された像は長らくローマ皇帝ユリアヌス (361-363) の像として『背教者ユリアヌス』と呼ばれていたが、最近の研究からハドリアヌス皇帝 (117-138) の時代のものであることが判明し無名司教の像として『セラピス司教』と名づけられた。 サン=ドニ大聖堂鐘楼発見され4世紀から5世紀4つコリント式柱頭にはこの様式の特徴であるアカンサス外側飛び出すように彫られている。 さらに古代末期または初期ビザンティン象牙浮き彫りのディプティカ(二連祭壇画)として、ローマニコマコス家およびシンマクス家のものがあり、5世紀前半ニコマコス家のディプティカの一枚には(もう一枚ロンドンヴィクトリア&アルバート博物館所蔵している)、祭壇の火を燃やし続け若い女性描かれている。頭上があることから大地母神キュベレー信仰表わすものとされる。モンティエ=アン=デールオート=マルヌ県)の修道院聖遺物の上飾られていた。 アレオビンドゥス(フランス語版)が506年コンスタンティノポリス執政官に選出された際に作られ象牙浮き彫り装飾板には、執政官アレオビンドゥスと補佐下方には猛獣と戦う剣奴剣闘士奴隷)が描かれ、アレオビンドゥスが闘技開始合図をしている。 ディオニュソスギリシア神話酒神バッカス)の妻アリアドネをハイレリーフ(高浮き彫り)で表わした象牙の像『アリアドネ、マイナス、サテュロス愛の神』は、6世紀コンスタンティノポリス彫られライン渓谷水晶ライオン頭像とともに発見された。頭上愛の神クピードーが冠を捧げ両脇ディオニュソス神の女性信奉者マイナスと半人半獣サテュロスがいる。 『トレビゾンド』(現在のトルコ都市トラブゾン)と名づけられた象牙板(6世紀前半)もディプティカの一枚であり、中央キリスト両側使徒パウロペテロ下方十字架両側天使彫られている。ルーヴル美術館の『バルベリーニの象牙板』と同様にキリスト図像ビザンティン皇帝像の組み合わせ認められるフランス銀行メセナにより2014年に国が取得し国立中世美術館収蔵された。 『手箱神話戦闘場面』は、コンスタンティノポリス紀元千年頃(マケドニア王朝皇帝コンスタンティノポリス支配していた頃)に作られた約40の手箱の一つである。フリーズ装飾にはロゼットバラ紋様)と幾何学文様交互に彫られ両側の象牙板にはローマ・ギリシア神話場面ヘラクレス英雄譚ガニュメデス誘拐デイアネイラ)やアンフィテアトルム円形競技場)または戦場戦い場面には戦車や砦が描かれている。 カロリング朝時代象牙浮き彫り装丁板 ― 使徒』には、トーガ着て巻物持った頭光のある人物彫られている。胸に手を当てて膝を軽く折る姿勢は、使徒キリスト会ったときに取る姿勢であることから『使徒』と題された。人物像取り巻フリーズにはアカンサス彫られかつては宝石象嵌されていたと思われる。 『神聖ローマ皇帝オットー2世皇后テオファノに冠を授けキリスト』(10世紀末)に彫られ皇帝皇后ビザンツの服飾まとっている。キリストによる戴冠は、皇帝権力神聖なものとするビザンティン世界伝統的なイメージであった船乗り: ローマ神話ウルカヌス (火と鍛冶の神) (1世紀) 船乗り: ケルト神話エスス (戦いの神) (1世紀) かつて『背教者ユリアヌス』とされていた『セラピス司教』(2世紀) ビザンティン美術: ニコマコス家の象牙浮き彫りのディプティカ (二連祭壇画) (5世紀前半) コンスタンティノポリス執政官アレオビンドゥスの象牙浮き彫り装飾板 (506年) 『手箱神話戦闘場面』(10世紀末) カロリング朝時代象牙浮き彫り装丁板 ― 使徒』(9世紀末) 『神聖ローマ皇帝オットー2世皇后テオファノに冠を授けキリスト』(10世紀末)

※この「古代、ビザンティン、初期中世の彫刻」の解説は、「国立中世美術館」の解説の一部です。
「古代、ビザンティン、初期中世の彫刻」を含む「国立中世美術館」の記事については、「国立中世美術館」の概要を参照ください。

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