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パウロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/12 05:27 UTC 版)

ジャン・フーケによる絵、中央にパウロ

パウロ: Παῦλος Paulos, : Paul, ? - 65年?)は、初期キリスト教の理論家であり、新約聖書の著者の一人。キリスト教大発展のもともとの基礎を作った。 ユダヤ名でサウロとも呼ばれる。古代ローマの属州キリキアの州都タルソス(今のトルコ中南部メルスィン県のタルスス)生まれのユダヤ人

「サウロ」はユダヤ名(ヘブライ語)であり、ギリシア語名では「パウロス」となる(現代ギリシャ語では「パヴロス」)。「サウロ」という名前は、『使徒行伝』にもよく出てきており、彼自身「パウロス」と自称することからすると、ディアスポラのユダヤ人のならいでギリシア名とヘブライ名の両方をもっていたのかもしれない。彼は「使徒として召された」(ローマ1:1)と述べており、すべてのキリスト教会は彼を使徒と認め、正教会カトリック教会はパウロを使徒と呼び崇敬するが、イエス死後に信仰の道に入ってきたためイエスの直弟子ではなく、「最後の晩餐」に連なった十二使徒の中には数えられない。聖人であり、その記念日はペトロと共に6月29日ユリウス暦を使用する正教会では7月12日に相当)。

日本正教会では教会スラヴ語を反映してパウェルと呼ばれる。正教会ではパウロを首座使徒との呼称を以て崇敬する。

目次

パウロの生涯

ヴァランタン・ド・ブーローニュもしくはニコラ・トゥルニエによる1620年ごろの作。執筆中のパウロ
デューラー『4人の使徒』(部分)。マルコ(左)とパウロ(右)

新約聖書の『使徒行伝』によれば、パウロの職業はテント職人で[1]生まれつきのローマ市民権保持者でもあった[2]ベニヤミン族のユダヤ人でもともとファリサイ派に属し、エルサレムにて高名なラビであるガマリエル1世(ファリサイ派の著名な学者ヒレルの)のもとで学んだ[3]。パウロはそこでキリスト教徒たちと出会う。熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側についていた。

ダマスコへの途上において、「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。アナニアというキリスト教徒がのお告げによってサウロのために祈るとサウロのからのようなものが落ちて、目が見えるようになった(「目から鱗が落ちた」という言葉語源)。こうしてパウロ(サウロ)はキリスト教徒となった[4]。この経験は「パウロの回心」といわれ、紀元34年頃のこととされる。一般的な絵画表現では、イエスのを見て馬から落ちるパウロの姿が描かれることが多い。(むろんこの事件はあくまでパウロ自身の主張にすぎず、使徒達や他の歴史的人物達からの証言は一切無いという意味でイエス・キリストの復活劇よりも信頼性に問題があるとの見方もできる。)

その後、かつてさんざん迫害していた使徒たちに受け入れられるまでに、ユダヤ人(キリスト教徒?)たちから何度も激しく拒絶され命を狙われたが、やがてアンティオキアを拠点として小アジア、マケドニアなどローマ帝国領内へ赴き、会堂(シナゴーグ)を拠点にしながらバルナバテモテマルコといった弟子や協力者と共に布教活動を行った。特に異邦人に伝道したことが重要である。『使徒行伝』によれば3回の伝道旅行を行ったのち、エルサレムで捕縛され、裁判のためローマに送られた。伝承によれば皇帝ネロのとき60年代後半にローマで殉教したとされる。またローマからスペインにまで伝道旅行をしたとの伝承もあるが、これは史実でないとするのが一般的である。

パウロはローマへ赴く前に、現地の信徒たちに宛てて一通の手紙を記している。帝国の都ローマにいる信徒たちに、キリスト教信仰の真髄をしっかりと知ってもらう必要があると考えたのである。

彼はその手紙のなかで、わけても人間の救いについて、次のように論じている。

「人は、正しい行いを積むことによって、神の義と認められて救いに導かれるのではない。人が神の前に義と認められるのは、ひとえに神の子イエス・キリストを信じることによる。律法を守り行う者は、かえっておごり高ぶることになりかねない。しかし、イエス・キリストに現された神の義は、律法を守れない者にも、律法を知らない者にも、救いの可能性を開いたのである。神の子であるイエス・キリストが十字架につけられた意味は、ここにある。これを信じ、これを受け入れるとき、人は無条件で義とされる。神の前には、ユダヤ人と異邦人の区別も、奴隷と主人の区別も、男と女の区別もない」

このようなパウロの主張は、当時のユダヤ教のみならずイエス自身が説いていた教え(良きサマリア人を例えに引いた教え)とも真っ向から衝突するものであった。そのため、ユダヤ主義的ユダヤ人およびイエスの教えに直接接していた初期キリスト教徒や使徒のなかに、パウロに憎悪と敵意を抱く者がいても不思議はなかった。

信仰をともにする教会の共同体であっても、多くの人が集まればさまざまな問題が生じてくる。彼がしばらく滞在したことのあるコリントの教会は、パウロが去ってのちしばらくすると、信仰の立場の違いや人間関係における対立のために、互いに一致できない状態が続いていた。 そこでパウロは、コリントの信徒たちに宛てて複数の手紙を書いている。

「神の子であるイエス・キリストが受けた十字架という恥辱に、神の栄光の力が現された。キリストの福音はそこに始まる。信仰の原点もそこにある。 それゆえ信徒は、みずからを誇ってはならない。人間は『土の器(うつわ)』にすぎないのである。だが、イエス・キリストを神の子と信じるとき、十字架に現された神の力が『土の器』を突き動かす」

パウロはその力を「愛の働き」と言い表し、コリントの信徒に向けて、次のように書き送っている。

「人が並はずれた能力を持ち、賞賛に値する行為を果たしても、そこに愛がなければ無に等しい。愛こそは人を謙虚にし、信仰に導き、希望を抱かせる。知識は、いずれすたれよう。永続するのは信仰と希望と愛である。そのなかで、最も偉大なものこそ愛である」

この言葉は、生涯結婚しなかったパウロが、後世の全人類に向けて残した「愛の賛歌」として後の多くのキリスト教徒から評価されている。[5]

その一方で、本来、厳しい中で人々が人間性を損なうことなく生きていくための愛の教えだったはずのイエスの教義をイエスへの信仰という言葉を軸に作り直すことで盲目的、排他的な宗教にしてしまい、後に魔女狩りをはじめとする凄惨な異端審問等の蛮行に政治的根拠を与える遠因にさえなったと見る向きもある。

パウロ書簡

パウロ書簡には新約聖書中『ローマの信徒への手紙』『コリントの信徒への手紙一』『コリントの信徒への手紙二』『ガラテヤの信徒への手紙』『フィリピの信徒への手紙』『テサロニケの信徒への手紙一』『フィレモンへの手紙』がある。

歴史的キリスト教会がパウロの著者性を認めてきた『テサロニケの信徒への手紙二』『コロサイの信徒への手紙』がパウロの真正書簡であるか自由主義神学者の中では議論があり、『エフェソの信徒への手紙』およびいわゆる牧会書簡(『テモテへの手紙一』、『テモテへの手紙二』、『テトスへの手紙』)はパウロを擬してパウロの死後書かれたとする見方が今日の自由主義神学(リベラル派)では一般的である。リベラル派ではこれらを擬似パウロ書簡と称する。

なお伝統的にパウロ書簡とされる『ヘブライ人への手紙』は近代までパウロの手によるとされていたが、そもそも匿名の手紙であり、今日では後代の筆者によるものとする見方が支持されている。

近代の自由主義神学の批判的聖書学高等批評によれば(異論もあるが)、パウロ書簡は新約聖書中、著者が明らかである唯一のものであり、また全文書の中で(一般的には『テサロニケの信徒への手紙一』)最古の文書である。

他にもパウロの名を借りた『パウロの黙示録』『パウロ行伝』といった外典も存在し、パウロという人物の影響力の大きさを物語っている。




  1. ^ 『使徒行伝』18:3
  2. ^ 『使徒行伝』22:25-29。但し、一部の研究者はこれを疑問とする
  3. ^ これも疑問とする者が多い
  4. ^ 『使徒行伝』9章。自由主義神学では、パウロ自身が『ガラテア書』で言及してことから、これを「伝説的」な事件とみなし、パウロの回心の史実性が否定される
  5. ^ 『図説 聖書の世界』P238~240 月本昭男・山野貴彦・山吉智久著 学研


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