ず‐ぞう〔ヅザウ〕【図像】
ずぞう 【図像】
イコン (曖昧さ回避)
(図像 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/14 06:12 UTC 版)
イコン
- イコン - キリスト教で用いられる聖像。正教会でのものを指すことが多い。以下はこれにちなむ。
- イコン (小説) - フレデリック・フォーサイスの小説。
- ツァイス・イコン - カメラメーカー、カメラのブランド。
アイコン
- アイコン - 記号の三分類の一つ。
- icon - 偶像。あこがれや崇拝の的となるもの。また、象徴的なもの。イコン。「ファッションアイコン」「時代のアイコンとなる」等[1]。
- Icon - プログラミング言語
- iCon - 日本テレビで放送された深夜番組
- アイコン (パラダイス・ロストのアルバム) - イングランドのバンド、パラダイス・ロストのアルバム。
- アイコン (ウェットン/ダウンズのアルバム) - ジョン・ウェットンとジェフ・ダウンズのプロジェクト、ウェットン/ダウンズのアルバム。
- iKON - 韓国の6人組男性アイドルグループ。2015年にデビュー。
- 脚注
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/10 15:29 UTC 版)
「絹本著色後醍醐天皇御像」の記事における「図像」の解説
図像の後醍醐天皇がまとう冠と袍(ほう、上衣)は、灌頂の記録によれば、初代神武天皇の御冠・第14代仲哀天皇の雷服と伝承される皇室御物である。 ただ、図像自体は灌頂より後に描かれたものと思われるので、必ずしも実物を直接模写したものとは限らない。 図像の冠は、鮮やかな朱の円相を冕冠の上に重ねてある。冕冠は十二旒(りゅう)、つまり宝玉が12筋垂れ下がっており(図像中では冠の二面しか描かれていないので6筋)、これは天皇が礼服のときに用いる礼冠であることを示す。 なお、纓(えい)が垂れていることからもわかるように、冕冠の下にさらに普通の冠を付けている。無論、これは物理的に不可能であり、なんらかの意図が加わった絵画的な表現である(#太子信仰)。 御冠が、普通の冠と冕冠の2つある訳だが、兵藤裕己は、「神武天皇の御冠」なるものは冕冠の方を指すのだろう、と推測している。 図像の袍は、袈裟に隠れているためわかりにくいが、おそらく直衣(のうし)であると考えられる。差異は幾つかあるものの、基本的に、唐の皇帝の礼服を模した袞冕十二章(こんべんじゅうにしょう)の袞衣(こんえ)に沿った図像となっており、たとえば、雲竜文様が金泥で施されていたり、両肩に日月が金泥で描かれていたりする点などは、袞衣と共通である。本来の袞衣は赤色であるが、この肖像画では黄茶(黄土に白を混ぜたもの)で塗られ、黄櫨染(こうろぜん)、つまり嵯峨天皇の頃から天皇の晴れの束帯の袍の色とされてきた色を表している。 中世天皇の肖像画は一般に、冠直衣姿・引直衣姿・冠束帯姿・僧侶姿の4つのいずれかで描かれるが、この図像は(冕冠ではない方の)冠と直衣を合わせて、「冠直衣姿」の形式で描かれていることになる。
※この「図像」の解説は、「絹本著色後醍醐天皇御像」の解説の一部です。
「図像」を含む「絹本著色後醍醐天皇御像」の記事については、「絹本著色後醍醐天皇御像」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/04 17:04 UTC 版)
中国風の官服を身につけ忿怒の形相の閻魔大王が、鎌倉時代以降に彫像・図像ともに数多く作られたのに比べ、焔摩天の作例はそう多くはなく、そのほとんどは、十二天図や曼荼羅の図像としてである。下図は曼荼羅ではないが、真言宗系の曼荼羅の焔摩天は、このようにインド風の服を着た姿(いわゆる菩薩形)で、温和な表情をしている場合が多い。 焔摩天像 (旧東寺本『十二天像』の中の一つ。京都国立博物館所蔵) 焔摩天像 (京都市 醍醐寺 鎌倉時代)
※この「図像」の解説は、「焔摩天」の解説の一部です。
「図像」を含む「焔摩天」の記事については、「焔摩天」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/01 08:58 UTC 版)
「アンジェロ・マリアーニ (薬剤師)」の記事における「図像」の解説
カルナヴァレ博物館は、マリアーニの肖像画や、彫刻家のテオドール・リヴィエールによるマリアーニの彫像、オスカル・ロティやルイ=ウジェーヌ・ムーション製作のメダルを収蔵しており、マリアーニ・ワインの特性を強調している。 これらのメダルはマリアーニが収集したもので、1910年に彼自身によって博物館に寄贈されたコレクションの一部である。フランス国立図書館のコイン、メダル、アンティーク部門には、マリアーニ・ワイン(Veni, bibi, vici, Vin Mariani à la cocaなどの商品名)のいくつかのプラークがある。それは「愛はマリアーニ・ワインに彼の矢を浸す」、「コカの人気者アンジェロ・マリアーニ」、「ニンフと苦しみの愛、マリアーニ・ワインの再生力の寓話」などである。
※この「図像」の解説は、「アンジェロ・マリアーニ (薬剤師)」の解説の一部です。
「図像」を含む「アンジェロ・マリアーニ (薬剤師)」の記事については、「アンジェロ・マリアーニ (薬剤師)」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/14 09:21 UTC 版)
水域に棲み人と魚の特徴を併せ持つという大まかな共通点はあるが、伝承されてきた土地によりその形状や性質は大きく異なる。 ヨーロッパの人魚は、上半身がヒトで下半身が魚類のことが多い。裸のことが多く、服を着ている人魚は稀である。伝説や物語に登場する人魚の多くは、マーメイド(若い女性の人魚)である。今日よく知られている人魚すなわちマーメイドの外観イメージは、16-17世紀頃のイングランド民話を起源とするものであり、それより古いケルトの伝承では、人間と人魚の間に肉体的な外見上の違いはなかったとされている。古い絵などには2つの尾びれを持った人魚も描かれている(ヨーロッパの古い紋章の中にも、2股に分かれた尾部を持つ人魚をかたどるものがある)。 一方、日本の人魚のイメージは、蛇女房、龍女房伝説にヨーロッパの人魚のイメージを重ね合わせたもので、時代により外見などは大きく異なる[要出典]。西欧との接触後、江戸時代の人魚像については§江戸時代の節に詳述する。
※この「図像」の解説は、「人魚」の解説の一部です。
「図像」を含む「人魚」の記事については、「人魚」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 07:09 UTC 版)
岩手県遠野市の観光施設「伝承園」の御蚕神堂(おしらどう)には千体のおしら様が展示されている。 宮城県の東北学院大学博物館にはオガミサマに信仰された大乗寺に収められていたおしら様が所蔵されている。 おしら様信仰の図像資料としては、網野善彦・小沢昭一・宮田登・大隅和雄・服部幸雄・山路興造編集『大系 日本歴史と芸能 第11巻/形代・傀儡・人形』(平凡社ビデオブック、1991年)が貴重な映像を多く収めており、青森県弘前市久渡寺の「オシラ講」、岩手県宮古市堀内の「オシラアソバセ」のようすが収録されている。
※この「図像」の解説は、「おしら様」の解説の一部です。
「図像」を含む「おしら様」の記事については、「おしら様」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/02 22:49 UTC 版)
蛇の穴でのグンナルの死は、図像としてもよく描写されている。グンナルの物語ができる以前のものもあり、蛇の穴に投げ込まれた男の絵が、すべてグンナルを描いたものではない。ハープが一緒に描かれていれば、それを手がかりにグンナルと同定することができるが、アザルヘイズル・グズムンズドッティルによれば、そもそもハープのエピソード自体がグンナルの物語の一ヴァリアントであり、ハープがないからといってグンナルでないとは言い切れないとしている。 スカンディナヴィアでない地域では、マン島のアンドレアスの十字架(1000年頃)に、蛇に囲まれたグンナルと思しき男の図像が描かれている。ただし、これはロキを描いたものであるとする解釈もある。 グンナルを描いたと考えられる最古の図像は、スウェーデンのヴェスターユングにあるセーデルマンランド石碑である。グズムンズドッティルは、近辺にシグルズ石碑が分布していることを考えると、この図像の男はグンナルである可能性が高いと述べている。 ノルウェーやかつてノルウェー支配下にあったスウェーデンの教会では、門や洗礼盤にグンナルと思われる図像が多く描かれている。早くは12世紀頃、最も早い例で1200年前後に遡る。これらの図像のすべてで、グンナルはハープとともに描かれている。グンナルの死がキリスト教の文脈で扱われていることは、このエピソードがキリスト教的に解釈された、すなわち、預言者ダニエルの予型とみなされたことを示している。 ノルウェー、スウェーデン、ゴトランド島にある7つの図像は、ハープを持たないがグンナルが描かれているという指摘がなされている。これらの図像は9世紀から11世紀のものであり、グンナルだとすれば他の確実な図像よりも古いことになる。最も古いものは、9世紀のオーセベリ墳丘墓で見つかった荷車に刻まれたものである。ただし、この同定には異論も多い。グズムンズドッティルは、ゴトランドの第一クリンテ・フニンゲ石碑(9~10世紀頃)では、蛇の穴の側に女性が描かれており、これは、グンナルを助けるオッドルーンであると考えられるという。これらの図像は、いずれも明らかに共通の表現がなされていることから、描かれた人物がグンナルであることに彼女は賛成している。とはいえ、グンナルとされる多くの図像は根拠がはっきりしないと述べている。
※この「図像」の解説は、「グンテル」の解説の一部です。
「図像」を含む「グンテル」の記事については、「グンテル」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/23 05:38 UTC 版)
「聖ゲオルギウスと竜 (ティントレット)」の記事における「図像」の解説
ティントレットのドラゴンと戦う聖ゲオルギウスの図像は、ヴェネツィアで散見できる聖ゲオルギウスのレリーフ彫刻に影響を受けている。特に重要なのは1551年にピエトロ・ダ・サロ(Pietro da Salò)が制作した、スラブ系のサン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニ同信会館(英語版)のファサードを飾るレリーフ彫刻である。そこでは聖ゲオルギウスの槍が振り返ったドラゴンの顎と首を刺し貫き、騎乗する馬の跳ね上がった両前脚がドラゴンの胴体を踏みつけている。ティントレットはこの図像から聖ゲオルギウスのイメージを採ったと考えられている。
※この「図像」の解説は、「聖ゲオルギウスと竜 (ティントレット)」の解説の一部です。
「図像」を含む「聖ゲオルギウスと竜 (ティントレット)」の記事については、「聖ゲオルギウスと竜 (ティントレット)」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/18 16:32 UTC 版)
「見えざるピンクのユニコーン」の記事における「図像」の解説
見えざるピンクのユニコーンの仮象は一般にピンク色が薄れていくユニコーンかあるいは単に何も無いかのどちらかで表される。彼女を「見た」というイメージ(見えない存在が一応「見えた」ということで、平凡なイメージで示される)はジョークの一つとしても提示される。 alt.atheismの常連によって見えざるピンクのユニコーンのロゴが創られ、それをあしらったTシャツ、コーヒーカップ、その他雑貨などを購入することができる。これらアイテムを販売するあるウェブサイトは、これは無神論者が非無神論者を怒らせることなくお互いの見分けがつくうまいやり方だと述べる。このことはIPUが無神論者(特にオンラインの場に集まる人々)の一種のエンブレムあるいはマスコットになったことを示唆している。
※この「図像」の解説は、「見えざるピンクのユニコーン」の解説の一部です。
「図像」を含む「見えざるピンクのユニコーン」の記事については、「見えざるピンクのユニコーン」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/24 00:34 UTC 版)
ダビデはトランプのスペードのキングのモデルとされ、フランスのカードでは竪琴を持つダビデの姿が描かれている。
※この「図像」の解説は、「ダビデ」の解説の一部です。
「図像」を含む「ダビデ」の記事については、「ダビデ」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 08:12 UTC 版)
西洋のタペストリーに描かれている絵柄は、伝統的な書物がもとになっている。特に『聖書』と、オウィディウスの『変身物語』は人気のある題材だった。宗教的な絵柄や神話的な絵柄以外では、ユニコーンや狩りのシーンが室内装飾用のタペストリーの題材には好まれた。
※この「図像」の解説は、「タペストリー」の解説の一部です。
「図像」を含む「タペストリー」の記事については、「タペストリー」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/10 09:13 UTC 版)
ケルヌンノスの描かれ方はケルト圏を通じ極めて一貫している。もっともわかりやすい特徴は牡鹿の角であり、通常長髪で髭をたくわえた成人男性の姿で、ケルトで高貴のしるしである豪華な装飾を施された首輪、トルクを身に付けている。硬貨で一杯の財布を持つのと同様に、しばしば他のトルクを腕や角にぶら下げているものもある。通常、足を組んで座る姿で描かれ、その姿勢は瞑想しているともシャーマンの呪術を行なう姿ともいわれているが、実際はケルト人が狩猟のときにしゃがむという事実を反映しているに過ぎないのかもしれない。 ケルヌンノスはほとんど常に動物、特に牡鹿と共に描かれる。しばしばこの神特有の動物であり第一の眷属と考えられる牡羊の角をもった蛇と共に描かれるが、蛇自体も神であったかもしれない。また、これらほど頻繁ではないものの牡牛1、犬やドブネズミなどの獣が傍らに描かれることもある。動物と共に描かれることが多いことから、研究者はケルヌンノスを「百獣の神」ないし「野生の神」と呼ぶことがある。特に牡鹿と共に描かれ、これが主要な獲物であったことから「狩猟の神」と呼ばれることもある。興味深いことに「船乗りの柱」はケルヌンノスを水夫や貿易と結びつけるが、古代にはドゥロコルトルムというレミ族の城市だったフランス、シャンパーニュ地方のマルヌ県から出土したケルヌンノスの硬貨入れや、トレウェリ族の居住地内にあったルクセンブルクの Niedercorn-Turbelslach から出土した硬貨を吐き出す鹿などから彼と物質的な豊かさとの関連が伺える。また、この神は森に住む鹿の繁殖力の象徴であったかもしれない。 ランスで見られる例。
※この「図像」の解説は、「ケルヌンノス」の解説の一部です。
「図像」を含む「ケルヌンノス」の記事については、「ケルヌンノス」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/09 02:17 UTC 版)
仏像としては、頭上に酉の冠を載せ、白練衣を着、弦を弾く姿で表される。
※この「図像」の解説は、「シュクラ」の解説の一部です。
「図像」を含む「シュクラ」の記事については、「シュクラ」の概要を参照ください。
図像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 23:01 UTC 版)
その姿は、伝統的には巨大なクジラや魚、ワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれるが、後世には海蛇や(それに近い形での)竜などといった形でも描かれている。
※この「図像」の解説は、「レヴィアタン」の解説の一部です。
「図像」を含む「レヴィアタン」の記事については、「レヴィアタン」の概要を参照ください。
「図像」の例文・使い方・用例・文例
図像と同じ種類の言葉
- >> 「図像」を含む用語の索引
- 図像のページへのリンク