KEIBAワンダーランド
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 20:20 UTC 版)
タイトル
KBS京都テレビでは、1990年代中頃までは土曜日と日曜日で異なるタイトルロゴを使用していた(土曜日が「競馬中継」、日曜日が「日曜競馬中継」の文字が入る異なるデザインであった)。
その後、競馬中継のキャラクター「かつ丸くん」が制定された際に、タイトルロゴは一時期には土曜日・日曜日とも共通のタイトルロゴに統一の上でリニューアルされたが、2003年(平成15年)4月 - 2008年(平成20年)3月までは、各曜日とも独自性を高めるため、再び違ったタイトルロゴが使われていた(同時にキャラクターの「かつ丸くん」は廃止された)。なお日曜日はかつてキャスターを務めた青芝フックが題字を書いていたものが使われていたが、その後フックが勇退してから別の題字に変更された。
なお、「KEIBAワンダーランド」に改題されてからは再び共通のロゴを使用するようになり、『うまDOKI』に引き継がれた。
テーマ曲
KBS京都ではオープニング・エンディングとも、放送開始当初から1993年(平成5年)頃まではKBS京都共通のスポーツテーマソング、Z.N.ブロン作曲の『ヨーロッパ万歳』(Heil Europe)[11]が使用されていた。その後何曲か変更ののち2003年の3月までは高中正義の『Victory Goal』が使用されていた。『競馬中継』時代最末期は土曜日がSavage Gardenの『The Best Thing』、日曜日が2004年3月までは、The Rolling Stonesの「Don't Stop」2004年4月からは、Cold Playの『Clocks』で、後の『KEIBAワンダーランド』にタイトルが変わって以降は土曜日がナイト・レンジャーの『Four In the Morning』で日曜日が葉加瀬太郎の『Loving Life』となっていた。なお、KBS京都以外はそれぞれの番組オープニング時とエンディングに各自で異なるテーマ曲を自社送出で挿入する。例えばSUNでのテーマソングは1985年(昭和60年)頃まではエドウィン・ユージン・バグレイ作曲の『国民の象徴』(演奏:Manhattan Brass Band)を、その後スーザの行進曲『海を越える握手』に変更され、末期にはクロード・トーマス・スミスの吹奏楽曲である『華麗なる舞曲』等を、それぞれオープニング・エンディングともに使用した。また、テレビせとうちとTVQ(小倉競馬を第3場開催時の自社制作分を除く)ではTXN系列共通のスポーツテーマソングがオープニング・エンディングで使用された。
土曜日の今日のレース結果は1980年代後半にレース結果をまとめて放送する様になってから(それまではレースVTRを放送し、その後で結果と配当金をアナウンサーが読み上げる形式だった)BGM付きとなり、当初はフュージョン系アーティストの曲が使用されていた[12]。『KEIBAワンダーランド』時代は、大橋勇の『Battle For The Championship』(1993年(平成5年)のF1イメージアルバム「IMAGES」に収録)が使用されていた。日曜日のレース結果ではT-SQUAREの『TRIUMPH』が使用されていた。2004年頃までは、14時台と16時台にレース結果を放送されていたが、2005年頃から他場のレース中継を放映するに伴い、レース結果をまとめては放送されなくなった。
日曜日の番組内で使用されているBGMはフラリー・パッドのアルバム『future_pad』(FLPD-0001 インディーズ盤)に収録されている。
番組末期のパドックBGMに2003年3月まで使用されたのが、高中正義の「Funky Holo Holo Bird」2003年4月から最終回までは、T-SQUAREの「A-DISTANCIA」、CM前ジングルにDIMENSIONの「Break Out」(最初の5秒間)が使用されていた。
出演者
★印は2011年(平成23年)1月開始のうまDOKIへ当番組に引き続き出演する
☆印は2011年(平成23年)1月からBSイレブン競馬中継へ出演する
キャスター
- 土曜日
- 日曜日
- 池山心(しましまんず、よしもとクリエイティブエージェンシー所属、しましまんずのクレジットはなかった)
- 太平洋(講談師)
- 久保房郎(サブキャスター、元KBS京都アナウンサー、過去に土曜日のキャスターを務めていた時期もあった)
- 青芝フック(田渕の後任。1989年頃 - 2004年3月28日)
- 高岡建治(2004年4月4日 - 2005年6月5日、ゴルフのシニアプロ挑戦に専念するため途中降板)
- 飛鳥井雅和(元KBS京都アナウンサー)
- 田渕岩夫(不明 - 1989年頃まで)
- 備考
池山と太平洋は開催ごと(4週置き)に交代で出演のいわゆる「ダブルキャスティング」。初登場の2005年10月9日と「ファンタジーステークス」が行われた同年11月6日は2人が共演した。
出光は9月の3日間開催で、短縮放送となる土曜日に「放牧」と称して夏休みを取っている(ただし翌々日の月曜日の中継には出演するため、実質夏休みなしで出演している)。2008年11月の3日間開催も、同様に短縮放送の22日を休んでいる。
久保は夏の小倉競馬期間中は出演せず、第2部のみ(「FNSの日」放送日は15:00以降)後述の実況アナウンサーのうち1人がサブキャスターを担当する。
出光と久保、それに交代出演となる池山と太平洋以外は基本的に夏休みを取らずに出演する(ただし藤井は2008年1月に一度休暇を取っており、その時は森谷が代役を務めた)。
2009年1月24日は出光が病気により欠席したため、日曜日担当の太平洋が代役をした。
2010年8月7日・14日は澤武がリフレッシュ休暇を取得したため、木村がアシスタントとして出演した。
2010年9月12日以降は兼平が卒業した後、同日から12月19日の放送まで実況のアナウンサーが、最終回の12月26日は太平洋がそれぞれ代理でパドックの聞き手として出演した。
アシスタント
- 片岡桜子(土曜日)
- 西村隆子(土曜日)
- 愛田夏希(土曜日)
- 伊東みき(土曜日)
- 早川真紀(土曜日)
- 安井牧子(土曜日)
- 平野賢一(土曜日、元KBS京都アナウンサー)
- 堀江良信(土曜日、パドック担当)
- 春藤睦(日曜日)
- 前田由紀子(日曜日)
- 小林万希子(日曜日)
- 高橋ちひろ(現・高橋知裕、日曜日)
- 小池さおり(日曜日、 - 2004年3月28日)
- 大川信子(日曜日、2004年4月4日 - 2006年3月26日)
- 野上ともよ(土曜日、 - 2004年3月27日。現在はこの番組を放送している地元奈良テレビ放送アナウンサー)
- 藤下佳乃子(土曜日、2004年4月3日 - 2006年3月25日)
- 藤井郁子(土曜日、 - 2009年10月3日。大阪テレビタレントビューロー所属)
- 岩田久美(日曜日→土曜日)
- 岩田はこの番組への出演がきっかけで、後に日刊スポーツの競馬担当記者となる(現在はフリーの競馬ライター)。
- 土居美保子(土曜日→日曜日)
- 吉見由香(日曜日、元KBS京都アナウンサー)
- 兼平千佳世(日曜日、パドック担当 - 2010年9月5日。オフィスワン・ツー・テン所属)
- 藤井志保(土曜日、パドック担当)
- 藤田瞳(日曜日、松竹芸能所属)
解説
- 土曜日
- 梶山隆平(日刊スポーツ記者)
- 萩谷宗秀(スポーツ報知記者。パドック担当)
- 米満浩生(パドック担当。後に第3場開催の中京競馬の解説も担当するようになり、その場合、長岡が代わりに解説をしていた)
- 河合義史(中日スポーツ記者。夏の中京開催時のパドック担当)
- 中野秀幸(メイン解説、放送席・実況席解説担当)
- 長岡利幸(パドック担当)★
- 松本晴夫(「明日の狙い馬」→「RACING TARGET」担当)☆
- 日曜日
- 内炭重夫(~2001年。競馬ブック編集局長 放送席・実況席解説担当)
- 蔵内哲爾(日刊スポーツ記者。パドック担当)
- 永井晴二(スポーツニッポン記者(当時)。現在共同通信社専属競馬ライター。パドック担当)
- 藤井嘉夫(2002年~。 放送席・実況席解説担当)
- 井上泰司(スポーツニッポン記者。パドック・「快答乱馬」担当)
解説者のうち記載がないものは競馬ブック所属。
2006年2月26日から10月1日の放送まで井上が長期療養の為、代理として同じくスポーツニッポンの仙波広雄が日曜日のパドック解説を担当していた(仙波が出演できない週は、上岡圭吾又は柏原健士が担当)。
2006年7月23日の放送で井上からの手紙を紹介し、井上ががんであったことを明らかにし同年10月8日に番組に復帰することも発表し、予定通り同日から番組に復帰している。
2010年7月3日の放送分から7月24日の放送、及び11月28日の放送は土曜メイン解説の中野が体調面で休んだため、その間は日曜日のメイン解説の藤井が代わりに出演した。
かつて日曜日のパドック担当は蔵内担当の週と永井担当の週とがあった。
実況アナウンサー
- 小崎愃
- 宮本英樹
- 岡野真人
- 久保房郎
- 濱野圭司(現在フリー、ラジオ大阪の競馬実況・サンテレビのプロ野球実況を担当)
- 平野賢一
- 岩崎心平
- 澤武博之
- 梶原誠★
- 森谷威夫★
- 木村寿伸(2008年2月2日〜)2011年からは「うまDOKI」アシスタント★
- 寺西裕一★
澤武は土曜日午後はキャスター担当であるため、生中継の行われない午前中のレース[13] と日曜日の実況を担当していた。
森谷は2006年3月から実況担当になったが、デビュー当初は午前中のレースのみ担当。2006年9月の中京開催から午後の実況も担当。11月11日の京都ハイジャンプで重賞初実況。
木村は2007年からラジオの「競馬速報」には出演していた。2008年から午前中の一部レース[13] のみに実況を担当していたが2009年からは特別前(8Rまで)の午後のレースの実況も担当し始め、その後メインレースの実況も担当している。2009年5月16日の京都ハイジャンプで重賞初実況。
寺西はKBS京都の局アナウンサー時代にも競馬中継に出演していたが2005年2月まで担当した久保房郎が定年退職、2005年3月まで担当した岩崎心平アナが東日本放送に転籍、さらに宮本英樹も報道記者に転属し局アナスタッフが人員不足となった関係上同年4月から復帰した。なお、フリーである寺西が実況をする時は名前の字幕の下に「KBS京都」と表示しない。プロ野球のシーズン中は『Tigers-ai』の実況もあるため、週末に阪神タイガースのホームゲームがある場合は出演しない週があった。
また梶原と寺西は随時『エキサイティング!J』(京都サンガ戦ホームゲーム中継)の担当になる日があり、特に土曜日の放送に出ない週があった。
変則開催により月曜日に放送がある場合、梶原と森谷はそれぞれレギュラー番組出演の為、放送に出演しなかった。
- ^ a b c 日本中央競馬会広報室 編『日本中央競馬会30年史』1985年、214頁。
- ^ netkeiba.com・しましまんず池山(池山心)・今週の叫び(2010年11月5日付け) 参照。なお、関東地区の独立UHF放送局で放送されていた『中央競馬ワイド中継』も2010年(平成22年)12月26日で放送を終了している。
- ^ 最終回当日は中央競馬の年内最終レース小倉競馬の2010アンコールステークスが16:35発走(例年、中央競馬の年内最終レースは阪神競馬の2010ファイナルステークスだがこの年は中京改修で小倉開催)で行われるが、KBS京都以外は通常通り16:30に放送を終了した。
- ^ 2008年(平成20年)の宝塚記念当日は16:50、2009年宝塚記念当日は16:55、2010年宝塚記念当日は17:00、2009年スプリンターズステークス当日は16:45がそれぞれの最終レース発走時刻。
- ^ 2006年以後のダービーデー(最終が東京競馬でGII目黒記念)と、2010年の宝塚記念デーは阪神競馬最終第12競走のJRAプレミアムレースの発走時刻が17時になるための特例で17:15まで放送する。
- ^ 通常夏季開催の北海道(1・2回函館・1回札幌)では第11競走、第12競走が薄暮レースとして行われるため最終第12競走は17:10発走なのでその分の生中継は不可だが、2010年宝塚記念デーについては函館最終レースも生中継された。
- ^ 2009年高松宮記念及び桜花賞・天皇賞(春)及び2010年安田記念当日は16:50。
- ^ 通常は京都及び阪神と中京及び小倉が同時開催になる場合、当番組では中京及び小倉のレースはメインレースのみ生中継する。
- ^ 17日は福島テレビ、24日はテレビ愛知。
- ^ 結果として当日の『DREAM競馬』は15:45 - 16:20にかけて放送されたが、当日16:10に発走された阪神競馬第11競走(道頓堀ステークス・1600万下)は、関西テレビと独立U局(京都・サン・奈良・三重)の双方で中継されるという非常に珍しい事態となった。
- ^ 2023年現在もテレビでは『KBS京都エキサイトナイター』、ラジオでは『KBS京都エキサイティングナイター』でそれぞれ使用されている。
- ^ 例として、1990年前後の数年間は、THE SQUAREの『君はハリケーン 』が使用されていた。
- ^ a b 午前中のレースは中継枠内の「午前中のレース再生」と深夜のダイジェスト番組用に収録。
- ^ BSSは鳥取・島根両県をエリアとするが、テレビ本局の所在地の関係上島根大会を放送。
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