自公民路線 民主党政権とその崩壊

自公民路線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/15 05:20 UTC 版)

自公民路線(じこうみんろせん)とは、いわゆる55年体制において、自由民主党公明党民社党(公民)の協力により政権運営を行ったことを指す。とはいえ、公民両党が正式に与党入りしたことはおろか、閣外協力したこともなく、55年体制の下では公民は表向きは最後まで野党だった。55年体制が終わったあとも、公明が正式に自民と連立政権を組むのは、非自民・非共産連立政権自社さ連立政権を経た後の1999年10月になってからである。この時、民社党は既に存在せず、民主党の一部を構成するようになっていた。


注釈

  1. ^ a b たとえば高知県選挙区で、平野貞夫を自公で推薦し、当選させた。民社は平野を実質支援したが、正式な推薦はしなかった。

出典

  1. ^ 産經新聞』2005年9月14日号「巨大与党 憲法改正に弾み 新議員7割超が9条改正容認」





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