温泉療法 温泉療法の歴史

温泉療法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/09 06:27 UTC 版)

温泉療法の歴史

古代

温泉療法の歴史は非常に古く、医学、医術が未発達だったころ、温泉療法が非常に大きなウェートを占めていた。そして、温泉も専ら湯治、療養のために用いられた公衆の医療施設であり、農家木樵猟師などが偶然発見したものも多い。また、あくまで伝承の域を出ないが、日本神話にまつわる人物などが温泉地を開拓したという話も盛んに聞かれ、中でも少彦名命大国主命などは医薬にも精通し、温泉に着眼していたといわれる。

中世

日本に仏教文化が伝来すると、それに平行して医療や医術に関する知識も流入した。仏教においては病を退けて福を招来するものとして入浴が奨励され、近傍の寺僧が温泉地を開拓、あるいは主宰となって近隣住民に施浴をおこなうために湯治場を設けることも多くなった。そして、住民たちは病気や怪我が平癒すると温泉に対してありがたみを感じるようになり、温泉信仰が根付くようになった。やがて、少彦名命を祀った温泉神社が建てられたり、薬師如来は温泉の神様として知られ、温泉寺も多数建立されるようになり、温泉地を見守る存在となった。神や仏が鳥獣に化けて温泉の在処を教えた、傷を癒したという伝承も、ある種温泉信仰から生まれたものである。また、皇室・皇族が主宰となって温泉地開発の奨励を行った場所も見られ、温泉は万民の療養、湯治の場であるとともに、信仰の場として認識されるようになった。

鎌倉時代以降になると、それまで漠然として信仰の存在となっていた温泉に対し、医学的な活用がウェートを占め、実用的、実益的なものになる。鎌倉中期の別府温泉には大友頼泰によって温泉奉行が置かれ、元寇の役の戦傷者が保養に来た記録が残っている。さらに戦国時代の武田信玄上杉謙信は特に温泉の効能に目を付けていたといわれる。中でも信玄は自身が結核の罹患者でもあり、そのために自らの病気を治療する目的で、温泉に足繁く通っていた。また、自陣の兵が負傷すると隠し湯で負傷兵の治癒を行っていたとされる。他にも楠木正成真田幸村など数多くの武人が温泉の効能を活用していたといわれる。

近世

江戸時代になって参勤交代制度によって各街道が整備されると、今まで地元の住人しか利用されなかった温泉は、往来する人々によって流布されていくようになり、様々な温泉地が発展を遂げた。開湯伝説が広まったのもこの頃からであり、各の温泉が歴史や効能を挙って謳い文句とした。また、藩主や城主がその効能に目を付け、藩湯として温泉地を占有したり、その一方で庶民のために温泉による湯治場を開いたりもした。その中で今日に至るまで名湯として知られるものも存在する一方、一部の温泉は温泉による療養より、むしろ今日に多い行楽温泉として発達を遂げていくものも現れ、従来の温泉観とは一線を画すものとなった。また、この頃になると医学的に温泉療法を解析した者も現れ、中でも儒学者、本草学者でもあった貝原益軒は「益軒養生訓」において温泉に多くの頁を割いている。他に江戸の名医であった後藤艮山シーボルトと親交があった宇田川榕菴などが温泉研究の先駆である。

近代

明治時代になり、温泉は大きな転機を迎える。直接的要因となったのが西洋医学の流入であり、西洋文化崇拝の背景もあって、それまで漠然とした効果しか得られなかった東洋医学を駆逐していった。温泉療法もその一環と捉えられてしまい、民間療法、あるいは疑似科学に過ぎない見方をされるまでになり、一時的に発展がとざされた。その一方で、各温泉では温泉成分の解析が進んだ。また、ベルツの研究によって国際的に知られるようになった草津温泉は、再来日の際、温泉療養施設の建設を約束したほどである。それは現実のものとはならなかったが、もしベルツが再び来日すれば、世界的な温泉地になっていたとまで言われるほど、効能が高いものであったことを裏付けた。このように温泉療法や温泉の計り知れぬ効能は一部の見識者によって見守られていき、後の萌芽を待つことになる。一方、この頃の温泉は行楽地と結びつき、娯楽的要素が高まっていった。その際に、温泉本来の湯治場、医療施設としての在り方は次第に忘れられ、後に歓楽要素を含んだものも誕生することになる。この風潮は戦後になっても続き、一部の温泉は優れた効能を発揮していたにもかかわらず、急激な開発の波に呑まれ、従来からの姿を失った所もあった。

豊富な温泉資源に恵まれた別府温泉では、1912年(明治45年)には陸軍病院が、1925年(大正14年)には海軍病院が開院し温泉療法の実践が始まる。1931年(昭和6年)には九州大学温泉治療学研究所(現在の九州大学病院別府病院)が設置され、温泉治療の研究が行われてきた。キュリー夫人をはじめとする科学者の努力によって、放射性物質の研究が世界的に進歩を遂げると[1]三朝温泉ではラジウムの効能に目を付けて岡山医科大学が1939年(昭和14年)に三朝温泉療養所(現在の岡山大学病院三朝医療センター)を設置して、温泉治療の研究を行ってきた。

現代

九州大学の温泉治療学研究所に始まる温泉療法の研究が国立6大学に広がり盛んとなると、1935年(昭和10年)に日本温泉気候学会が設立され、温泉気候およびその医学的応用に関する学術的研究が進む。そして戦後になって、化学や地質学の発展に伴い、温泉成分の解析が進んだこともあり、温泉療法が見直されるようになった。一部の温泉では温泉医療を専門とした温泉医を育成し、温泉病院や温泉診療所などを設け、温泉医療に多大な成果を上げるようになった。また原子爆弾被爆者別府温泉療養研究所が開設されるなど、被爆者援護においても温泉療法の研究が行われた。1962年(昭和37年)、日本温泉気候学会は日本温泉気候物理医学会と改称され、温泉・気候・物理医学およびその他の理学療法に関する学術的研究ならびに医学的応用を推進することを目的として、1976年(昭和51年)には温泉療法医認定制度を設置している。

古くからの湯治の名湯として知られた温泉地は、医学的、化学的根拠が生まれたことから、その伝統に誇りを持ち、旧套を堅持するようになった。これらの療養、湯治のための温泉は、戦後盛んになった行楽、歓楽温泉とは一線を画すようになり、国も効能が高く、保養、湯治に向いている温泉を国民保養温泉、または国民保健温泉と指定するなど差別化を図るようになり、国からのお墨付きをいただいた温泉地はそれを売りにするようにもなっている。また、それ以外の温泉でも一部の医学者や研究家、評論家などによって宣伝され、今日では口コミや雑誌記事などで療養、湯治に適した温泉地が選ばれるようになっている。その一方で保養と療養の線引きが曖昧になっており、次に挙げるような問題を起こしている。

健康日本21では、温泉を健康増進に用いることが推奨されている[2]


  1. ^ 放射線にはどんな歴史があるの?”. 日本アイソトープ協会. 2020年8月30日閲覧。
  2. ^ a b 上馬場和夫、許鳳浩、矢崎俊樹、上岡洋晴「総合的な温泉療法の健康増進効果に関する検討」『日本温泉気候物理医学会雑誌』第69巻第2号、2006年、128-138頁、doi:10.11390/onki1962.69.128 
  3. ^ Kamioka H, Nobuoka S, Iiyama J (2020). “Overview of Systematic Reviews with Meta-Analysis Based on Randomized Controlled Trials of Balneotherapy and Spa Therapy from 2000 to 2019”. Int J Gen Med 13: 429–442. doi:10.2147/IJGM.S261820. PMC 7383020. PMID 32801839. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmid/32801839/. 
  4. ^ Gravelier C, Kanny G, Adetu S, Goffinet L (2020-9). “Spa therapy and burn scar treatment: a systematic review of the literature”. Int J Biometeorol. doi:10.1007/s00484-020-01988-9. PMID 32875343. 
  5. ^ 松村美穂子、増渕正昭、森山俊男「温泉療法による糖尿病患者の抗動脈硬化作用について:非糖尿病患者、非温泉療法施設との比較検討」『日本温泉気候物理医学会雑誌』第77巻第3号、2014年、257-265頁、doi:10.11390/onki.77.257 
  6. ^ 光延文裕、保崎泰弘、芦田耕三、濱田全紀、山岡聖典、谷崎勝朗「呼吸器疾患に対する温泉療法 ―その臨床効果と作用機序―」『岡大三朝医療センター研究報告』第75号、2004年12月1日、61-73頁。 
  7. ^ 田村耕成、久保田一雄「アトピー性皮膚炎のかゆみに対する草津温泉療法の効果」『日本温泉気候物理医学会雑誌』第65巻第1号、2001年、19-19頁、doi:10.11390/onki1962.65.19 
  8. ^ 玉川温泉の「浴用」温泉水を飲むのは危険です!【北投石水.com】






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