本性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/01 16:31 UTC 版)
影響の大きな思想家の視点
プラトン
プラトンはソクラテスから理性の概念と人の生涯を調べることを学び、その上に形而上学と、人類学的な考察を行った。彼にとって人間とは頭の中に知性のある魂を住まわせ、体は貪欲な獣であった。魂の義務は野獣の体を抑制し、不快な共存状態からの解放として死を歓迎することであった。プラトンの二元論は非常に影響力があった。それはキリスト教神学にも深い影響を与えた。
アリストテレス
アリストテレスはプラトンのもっとも有名な教え子であり後世に多くの影響を与えた。
- 人間は結婚する動物である。家庭を築き、一族や村を築き、父権の系統を存続させる(ニコマコス倫理学)
- 人間は政治をする動物である。複雑な共同体を開発する生得的な傾向を持つ。家庭的な側面とは対照的に、合理性、特に法と伝統を作ることによって繁栄する。
- 人間は模倣する動物である。法を作り町を運営するだけでなく、想像力を働かせることも好む。
ルソー
ルソーがフランス革命前に書いた著作は、人は本来孤独で、政治を学んだのだと述べて西洋革命に大きな影響を与えた。この重要な点は、人間の本性は固定されておらず、少なくとも以前の思想家が考えたほど大きく存在しているのではないと言うことである。人間は現在は政治的で、合理的で、言語を持っているが、当初はそれらを持っていなかった。ルソーは人間の本性を否定しなかったが、それは不合理で道徳意識とはかけ離れた本能的な情動としてのみであった。これは19,20世紀まで、特にカント、ヘーゲル、マルクスに大きな影響を残した。
マルクス
マルクスは人間の本性を否定し社会化と経験に全く依存した空白の石版だと主張したと見なされることがある。マルクスが環境要因を非常に重要と見なしたことは事実であるが、理論の展開の間に、人間の本性に対する強い視点を持っていた。彼は資本主義の元で人が本性から引き離されると考えた。そして資本主義社会に続く、人間が個性と本性をより発揮できる社会を想定した。それは共産主義であった。
オーストリア学派
オーストリア学派の経済学思想家は1870年代から1940年代にかけてマルクスの視点に大きく反対する独自の視点を発展させた。彼らは初期の哲学者や啓蒙思想家に頼ったものではあったが、発展の過程で人間の本性に対する特徴的な視点を提唱した。彼らはデカルトやカントのように不変の人間性が存在するが、本性のより完全な理解を通して進歩が可能だと考えた。彼らは限定合理性と限界効用の追求に関連した人間の本性を想定した。
フロイト
経済学と同時期にオーストリアでは精神分析も立ち上がろうとしていた。創始者であるジークムント・フロイトは、マルクス主義者が「人の経済環境が知的、倫理的、芸術的態度に与える決定的な影響」に注視するのは正しいことだと考えていた。同時にマルクス主義者の階級闘争が現代[いつ?]まで続いているという視点は浅すぎるとも考えていた。階級闘争に続いて、フロイトによれば闘争は父と子の間で、一族のリーダーと反抗的な挑戦者との間で残っている。この精神に基づいてソビエト連邦を厳しく批判した。
E.O.ウィルソン
E.O.ウィルソンは1979年の著書で次のように述べた。「人もまた自然選択の産物なのだという命題は、確かにあまり魅力的なものではないが、この見解を回避する道はなさそうである。そして、人間の置かれた状況を真剣に考察しようとする際に、この命題はつねにその出発点に置かれるべき必須の仮説と言える」。1998年には、人間の本性の解明のために全ての科学が協力するときだと主張した。文化的な現象や儀式は人間性の産物であってその一部ではない。例えば美術品は人間性ではないが、美術を扱う心は人間性の一部である。そして芸術心やヘビへの嫌悪やインセスト・タブーは科学的還元主義によって明らかにできると主張する。これまでそのような現象は心理学、社会学、人類学が扱ってきたが、ウィルソンはそれが自然科学も含めた学際的な研究の一部であり得ると提案した。
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