字音仮名遣 和語と漢語語彙の区別

字音仮名遣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/07 13:29 UTC 版)

和語と漢語語彙の区別

オ段+オは必ず和語

「現代かなづかい」で「党利」が「とうり」で「通り」が「とおり」、「多い」が「おおい」で「王位」が「おうい」という違いがある。これは現在の日本語では「同音語の書き分け」と見なされ「王様」を「おおさま」、「そのとおり」を「そのとうり」と書くなど混同する人が多い。

この2語の場合、「党利」と「王位」は漢字の音読みでできた漢語語彙「字音語」で、「通り」と「多い」は日本語固有の和語である。漢語語彙ではオ段長音は「う」で受け、和語の中にはオ段長音を「お」で受けるものが多い。

「歴史的仮名遣」では「党利」は「たうり」、「王位」は「わうゐ」になり、「通り」は「とほり」、「多い」は「おほい」になる。このうち漢語語彙を現代の北京語で発音すると、「党利」はdǎnglì [taŋli]となり、日本語音「たうり」tauriと比較するとangがauになっており、音節末のngがuになっている。また、同様に「王位」はwángwèi、朝鮮語でwangwiとなり、これも「わうゐ」wauwiと比較するとやはりngがuになっており、weiがwiに対応している。

「ゐ」は「為」の草書で、「為」も中国漢語でwéi, wèi、朝鮮語でwiであり、日本語音も「ゐ」wiがこれらと同系であることは一目瞭然である。

一方、和語の「とほる」、「おほい」は「ほ」が[ɸo]であったことから古音は[toɸoru]・[oɸoi]であったと推測できる。

漢語語彙同士の区別

中古音との対応

いわゆる終戦後の「現代かなづかい」では漢字音で[o:]であるものは「おう」と書く事になっている。一方、いわゆる終戦前の「歴史的仮名遣」では「拗(漢音:あう)」・「欧(おう)」・「央(あう)」・「王(わう)」・「鴨(あふ)」の書き分けがある。

これらは江戸時代からいわゆる終戦直後までの近代日本では、今と同様「オー」と読まれていたようだが、これらの漢字音を取り入れた古代日本人はきちんと発音を区別していたことを反映している。この内「鴨」(あふ)や「甲」(かふ)の「ふ」はいわゆる入声で中古漢語の音節末にあった内破音[p]に由来するが、平安時代におきたハ行転呼により「う」に変化し、例えば「甲」は「かう」「かっ」と発音されるようになった。その後、鎌倉時代頃から母音の長音化がおこり、「あう」は[ɔː]になり、「おう」は[o:]になったが江戸時代になるとこの区別は失われ、ともに「オー」になった。なお中古音の音節末音[ŋ]は「う」または「い」で書き写したため、二重母音の終始音の[u]に由来するものとの区別はできていない。

字音仮名遣の「揺れ」

国語辞典で「原・源」を調べると「歴史的仮名遣」でも「げん」になっているが[要出典]藤堂明保など現代の漢字学者は「ぐゑん」を採用している[1]。これは本居宣長が江戸時代の発音に基づき合拗音を「くわ」「ぐわ」だけとしたのを、以前の字音史料に基づき復活させたものである。「ぐゑん」を採用すると北京語yuan、朝鮮語weonに残るような唇音化音を反映することができ、「語源(ごぐゑん)」と「語言(ごげん)」を区別できる。また、「ぐゑん」は江原カンウォンの「ウォン」である。

いわゆる「終戦」前の『尋常小學校・國史』の教科書では、「權」の振り仮名が今と同じ「けん」になっている。藤堂明保などは「くゑん」と「ごん」を採用している。これも「権(權)」が北京語でquan、朝鮮語でkweonであることから唇音化したkwenだと言える。音符が同じ「観(觀)」は「くわん」で唇音を表している。

また宣長はn韻尾とm韻尾の区別をせず、「む」に統一した。しかしこれではなぜ「三位」を「さんい」ではなく「さんみ」、「陰陽」を「おんよう」でなく「おんみょう」と発音するかが説明できないため、例えば三省堂『漢辞海』ではn韻尾を「ン」、m韻尾を「ム」とする表記を採用している。

「推」・「追」・「唯」・「類」の字音仮名遣は、かつて「スヰ」・「ツヰ」・「ユヰ」・「ルヰ」と定められていたが、満田新造・大矢透などが平安時代の訓点資料の例などを元に「スイ」「ツイ」「ユイ」「ルイ」であることを主張した。この説は多くの国語辞典・古語辞典などで採用されていった。しかし『大漢和辞典』などは従来の方式を採用している。

「好」・「草」・「道」・「宝」・「毛」などは従来漢音アウ・呉音オウとされていたが、有坂秀世によって唇音の子音の場合は漢音・呉音ともに「ホウ・ボウ・モウ」であることが明らかにされた。

「終」・「中」・「龍」などは本居宣長以降、従来「シユウ」・「チユウ」・「リユウ」とされていたが、「シウ」・「チウ」・「リウ」が古来の表記であることが明らかにされており、契沖も古例に依っている。

「熊」も和歌山県田辺の熊野(いや)のように、もとは「いう」であった。

このように、歴史的字音仮名遣いは未完成の現状にある[2]


  1. ^ 学習研究社『漢和大字典』初版第3刷 p.180「原」の項、 p.762「源」の項
  2. ^ 築島、160頁。






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