千羽鶴 (小説)
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千羽鶴 | |
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訳題 | Thousand Cranes |
作者 | 川端康成 |
国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
ジャンル | 長編小説 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
初出情報 | |
初出 |
千羽鶴 「波千鳥」-『小説新潮』1953年4月号(第7巻第5号)挿絵:佐藤泰治 「旅の別離」-『小説新潮』1953年5月号 「父の町」-『小説新潮』1953年6月号 「荒城の月」-『小説新潮』1953年9月号 「新家庭」-『小説新潮』1953年10月号 「波間」-『小説新潮』1953年12月号 「春の目」-『小説新潮』1954年3月号 「妻の思ひ」-『小説新潮』1954年7月号(第8巻第9号) |
刊本情報 | |
刊行 |
千羽鶴 新潮文庫 1989年11月15日 |
収録 |
波千鳥 『川端康成選集第8巻 千羽鶴』 新潮社 1956年11月25日(「波間」まで) 『川端康成全集第22巻・未刊行作品集(2)』 新潮社 1982年 1月(「春の目」「妻の思ひ」) |
受賞 | |
読売ベスト・スリー(1951年度) 芸術院賞(1951年度) | |
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続編に未完の『波千鳥』(なみちどり)があり、近年はこれと合わせて一つの作品として扱われ、論じられることが多い。
発表経過
『雪国』や『山の音』同様、『千羽鶴』も最初から起承転結を持つ長編としての構想がまとめられていたわけではなく、1949年(昭和24年)から1951年(昭和26年)にかけて各雑誌に断続的に断章が連作として書きつがれたが、一章ごとが独立の鑑賞に堪え、全体として密度が高い小説となっている[3]。断章の掲載経過は以下のようになる[2][5]。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)
- 「絵志野」 - 『小説公園』3月号(第1巻第1号)
- 「母の口紅」 - 『小説公園』11月号(第1巻第8号) 挿絵:佐藤泰治
- 「続母の口紅」 - 『小説公園』12月号(第1巻第9号)挿絵:佐藤泰治
- 1951年(昭和26年)
- 「二重星」 - 『別冊文藝春秋』10月号(第24号)
以上をまとめた単行本『千羽鶴』が1952年(昭和27年)2月10日に筑摩書房より刊行され[2][6]、1951年(昭和26年度)読売ベスト・スリーに選ばれ、1951年(昭和26年度)の芸術院賞を受賞した[1][2]。
『千羽鶴』の続編となる『波千鳥』(なみちどり)の断章は、『小説新潮』に以下のように連載された[2][7]。
- 1953年(昭和28年)
- 「波千鳥」 - 4月号(第7巻第5号) 挿絵:佐藤泰治
- 「旅の別離」(のち「旅の別離」1章から3章) - 5月号
- 「父の町」(のち「旅の別離」4章と5章) - 6月号
- 「荒城の月」(のち「旅の別離」6章と7章) - 9月号
- 「新家庭」(のち「新家庭」1章と2章) - 10月号
- 「波間」(のち「新家庭」3章と4章) - 12月号
- 1954年(昭和29年)
- 「春の目」 - 3月号
- 「妻の思ひ」 - 7月号(第8巻第9号)
これ以降は取材ノートが盗難にあったために、上記の8回までで中断された。そして、章として完結している「波間」までの6回の断章をまとめた未完作が『千羽鶴』の続編として、1956年(昭和31年)11月25日に新潮社より刊行の『川端康成選集第8巻 千羽鶴』(全10巻本)に初収録された[2][8]。
なお、削除された7回の「春の目」と8回の「妻の思ひ」の章は、川端没後の1982年(昭和57年)1月刊行の『川端康成全集第22巻・未刊行作品集(2)』(全37巻本)に収録された[8]。『千羽鶴』と続編『波千鳥』と合わせた文庫版は1989年(平成元年)11月15日に新潮文庫より刊行された。
翻訳版は、エドワード・サイデンステッカー訳の英語(英題:Thousand Cranes)のほか、ドイツ語(独題:Tausend Kraniche)、フランス語(仏語:Nuée d'oiseaux blancs)、イタリア語(伊題:Mille gru)、中国語(中題:千羽鶴)など世界各国で出版されている[9]。
あらすじ
- 千羽鶴
茶の師匠・栗本ちか子の主催する鎌倉の円覚寺の茶会の席で、今は亡き情人・三谷の面影を宿すその息子・菊治に妖しく惹かれた太田夫人は、あらゆる世俗的関心から開放され、どちらから誘惑したとも抵抗したともなく、菊治と夜を共にした。
太田夫人には、菊治の父と菊治の区別すらついていないようにも思え、菊治もまた、素直に別世界へ誘い込まれた。菊治には、夫人が人間ではない女とすら思え、人間以前の女、または人間最後の女とも感じさせた。太田夫人の娘・文子は2人の関係を知り、菊治に会いに行こうとする母を引き止めた。
同じく菊治の父の愛人だったことがある栗本ちか子は、菊治の父に終生愛され続けた太田夫人を憎んでいた。ちか子は自分が仲介役をしている稲村ゆき子と菊治の縁談が決まったかのような電話を太田夫人に入れ、邪魔するなと警告する。恋にやつれた太田夫人は自分の罪深さを思い自殺した。
菊治は文子から譲り受けた夫人の形見の名品である艶な志野の水差しの肌を見るにつけ、太田夫人を女の最高の名品であったと感じ、名品には汚濁がないと思った。その後、文子はもう一つ、母が湯呑みとして愛用していた志野茶碗を菊治に譲った。その茶碗には夫人の口紅のあとが、血が古びた色のようにしみついているように見えた。
ある日、栗本は、ゆき子も文子も他の男と結婚してしまったと菊治に告げた。そんな折、文子から菊治に連絡があり、栗本の話が嘘だとわかった。文子は菊治を訪ね、母の湯呑み茶碗を割ってほしいと言った。そしてその夜、菊治と結ばれた文子は、隙を見て庭のつくばいに茶碗を打ちつけて割ってしまった。
文子の純潔の余韻と共に菊治の中で文子の存在が大きくなり、文子は菊治にとって「比較のない絶対」、「決定の運命」になった。翌日菊治は、文子の間借り先を訪ねるが、文子は旅行に出たという。母と同じ罪深い女と自分をおそれた文子は死へ旅立ったのかと不安を覚えた菊治の背に冷たい汗が流れた。
- 波千鳥
九州の竹田市の地から菊治の元に文子からの長い手紙が来た。そこには、母や自分を忘れて稲村ゆき子と結婚するよう綴られていた。菊治は文子を血眼に探したが行方は知れなかった。
1年半後にゆき子と結婚した菊治は新婚旅行で熱海伊豆山を訪れた。菊治は自らの汚辱と背徳の記憶を強く意識し、清潔なゆき子に口づけ以上の関係を結べなかった。明るい家庭で育ったゆき子に神聖な憧憬を感じつつも、菊治は、やはり結婚すべきでなかったという噛むような後悔を覚える。(未完)
- ^ a b 「あとがき」(『川端康成全集第15巻 千羽鶴・山の音』新潮社、1953年2月)。独影自命 1970, pp. 258–273に所収
- ^ a b c d e f 「解題」(小説12 1980, pp. 543)
- ^ a b c d e f 山本健吉「解説」(千羽鶴文庫 1989, pp. 282–287)
- ^ a b c d e f 「解説」(『日本の文学38 川端康成集』中央公論社、1964年3月)。作家論 1974, pp. 84–102、三島32巻 2003, pp. 658–674
- ^ 「作品年表――昭和24年(1949)から昭和26年(1951)」(雑纂2 1983, pp. 546–553)
- ^ 「著書目録 一 単行本――86」(雑纂2 1983, p. 604)
- ^ 「作品年表――昭和28年(1953)から昭和29年(1954)」(雑纂2 1983, pp. 555–560)
- ^ a b c d 郡司勝義「解題」(千羽鶴文庫 1989, pp. 288–292)
- ^ 「翻訳書目録――千羽鶴」(雑纂2 1983, pp. 662–665)
- ^ a b 「『ただ一つの日本の笛』を吹く」(保昌 1964, pp. 65–73)
- ^ a b c 川端秀子「川端康成「波千鳥』未完の秘話」(朝日新聞夕刊 1978年8月28日号)。千羽鶴文庫 1989, p. 291
- ^ 川端康成「名作『千羽鶴』の映画化を語る会」(婦人倶楽部 1952年12月号)。梅澤 1998, p. 52に抜粋掲載
- ^ 川端康成(武田勝彦との対談)「川端康成氏へ聞く…」(國文學 1970年2月号)。梅澤 1998, p. 52に抜粋掲載
- ^ 「第七章 豊饒の季節――通奏低音〈魔界〉 第七節 贖罪と浄化の旅『波千鳥』」(森本・下 2014, pp. 94–110)
- ^ 「第七章 豊饒の季節――通奏低音〈魔界〉 第五節 夢魔の跳梁『千羽鶴』」(森本・下 2014, pp. 52–77)
- ^ 林房雄・北原武夫・中村好夫「創作合評―川端康成―」(群像 1949年11月号)。森本・下 2014, p. 55に抜粋掲載
- ^ 「美への耽溺―『千羽鶴』から『眠れる美女』まで―」(川嶋 1969)
- ^ a b c d e f 梅澤 1998
- ^ “九重町 - 川端康成文学碑”. 九重町公式サイト. 2015年3月10日閲覧。
- ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)96頁
- ^ 志村三代子「川端康成原作映画事典――12『千羽鶴』」(川端康成スタディーズ 2016, pp. 237–238)
- ^ a b 志村三代子「川端康成原作映画事典――32『千羽鶴』」(川端康成スタディーズ 2016, p. 254)
- ^ 恒川茂樹「川端康成〈転生〉作品年表【引用・オマージュ篇】」(転生 2022, pp. 261–267)
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