伊予国 領域

伊予国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/05 09:09 UTC 版)

領域

明治維新直前の領域は、現在の愛媛県全域に高知県宿毛市の一部(沖の島町母島・沖の島町鵜来島)を加えた区域に相当する。なお、高知県内の区域は1876年明治9年)に土佐国に移管されている。

沿革

律令制において、伊余国造の領域に加え、久味国造風速国造怒麻国造小市国造の領域を合わせ、成立した。

三島領七島と呼ばれた大山祇神社領のうち、文明年間から慶長年間までの間、下島(大崎下島)と豊島安藝国豊田郡に編入となる[2]

近代以降の沿革

国内の施設

国府

和名抄』によれば、国府は越智郡にあった。現在の今治市であるが、未だ遺跡は見つかっていない。今治平野にあったことは確実であるが、場所については、古国分・中寺・町谷・上徳・八町など諸説ある。

国分寺・国分尼寺

  • 伊予国分寺
    今治市国分の59番札所国分寺の東方に塔跡があり、基壇の上に心礎を含む12個の礎石が残されている。
  • 伊予国分尼寺
    尼寺は、僧寺の南方約1,300メートルにある桜井小学校の敷地から唐草文軒平瓦が出土しているので、その付近と想定される。

神社

延喜式内社
延喜式神名帳』には、大社7座・小社17座の計24座が記載されている。大社7社は以下に示すもので、全て名神大社である。伊予国の式内社一覧を参照。
総社一宮以下

二宮以下は不詳。


注釈

  1. ^ 伊豆国(豆州)や伊勢国(勢州)と区別するため2文字目を用いる。「伊州」は伊賀国

出典

  1. ^ a b c 広報いよし2006年1月号
  2. ^ 山口佳巳「広島県呉市大崎下島大長の宇津神社棟札」(PDF)『広島大学総合博物館研究報告 -(3)』、広島大学総合博物館、2011年、2022年1月5日閲覧 
  3. ^ 愛媛県史編さん委員会 編『愛媛県史 人物』愛媛県、1989年2月28日、699頁、NDLJP:9776235(要登録)





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「伊予国」の関連用語

伊予国のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



伊予国のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの伊予国 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS