グリース グリースの概要

グリース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/03 02:23 UTC 版)

英語一般のgreaseは粘度が高い物質を示すもので、本項で示す潤滑剤や粘度の高い整髪料などを意味する。

使用方法

グリースの用途は、主にすべり軸受転がり軸受ベアリング)、あるいは潤滑面が動くために液体潤滑剤では潤滑剤の膜が付着した状態を保つのが難しい摺動面である。

グリースは使用中に異物の混入や高温による劣化などがあるため定期的な更新が必要。平滑面では定期的な洗浄と再塗布が、転がり軸受けではグリースガンを用いて新しいグリースを注入して古いグリースを押し出す方法が一般的。

組成

グリースは基油、増稠剤、添加剤の三要素から成る[2]。いくつかのグリースには性能を向上させるためにPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)が加えられている。ギア用グリースは生石灰(酸化カルシウム)を混合して鉱油で薄めたロジンと数パーセントのからなる。特殊な用途を持つグリースにはグリセリンソルビタンエステルが添加されており、低温条件などで使用される。「極圧 (EP, extra pressure)」と名づけられたグリースは高い圧力負荷がかかる場合のためのものであり、普通の物では圧縮により塗布した部品が接触して摩擦磨耗が起こってしまうようなときに用いる。極圧グリースには通常グラファイト二硫化モリブデンといった固体潤滑剤が含まれている。固体潤滑剤は金属の表面に結合し、金属面が互いに接触すること、および潤滑剤の膜が薄くなりすぎた際に摩擦・磨耗が起こることを防ぐ。

性質

潤滑剤として一般潤滑油と比較した特徴を列記する。

  • 比較的低速度・大荷重に適する
  • 密封性が良い
  • 飛散・漏洩が少ない
  • 抵抗が大きい
  • 放熱性・冷却性が悪い
  • 温度や速度の条件が変わると、稠度が大きく変化する。
  • 増稠剤は金属への高い親和性を有しているので液状潤滑油よりも金属部材への吸着性が良い。

塑性固体

グリースは非ニュートン流体の塑性流体であり、加わられる剪断応力[注釈 1]によってその粘度を変化させる[3]。これに対して液体の潤滑油はニュートン流体であり、一定の温度では剪断応力に関わらず粘度が一定である。潤滑油のようなニュートン流体の(絶対)粘度はニュートンの粘性法則比例定数(粘性係数)であり、計算者は剪断速度と掛けることによって剪断応力を導き出すことができる。このようにニュートン流体とグリースで粘度の意味合いと用途が大きく異なる。絶対粘度と区別するため、グリースのような非ニュートン流体の粘度は見かけ粘度(apparent viscosity)という。

剪断応力がない、または非常に小さいとき、グリースは固体である。流動性はない。このとき、グリース内部では増稠剤の繊維状の高分子同士は化学的な相互作用により結合している。この結合の発生を架橋(cross-linking)という。この相互作用により繊維は網目状の立体構造(網目構造、network structure)を形成している。グリース内部で基油は網目構造の間隙を満たしている。この網目構造が、微小な剪断応力範囲でグリースを固体にしている。網目構造が形成されてグリースが固体となっている状態をゲル状態といい、網目構造による高い粘性を構造粘性(structural viscosity)という。

剪断応力がある量以上となるとグリースは液体(ゾル状態)となる。この状態変化の境界、ゲル状態がゾル状態へ変化するための最低の剪断応力の大きさを降伏値(yield value)という[4]。降伏値を上回る剪断応力が加えられると、グリースの繊維間の相互作用は切断され、網目構造は崩壊する。このとき構造粘性は消失している。そしてグリースは液体のゾル状態になる。

ゾル状態では剪断応力が大きくなるほど見かけ粘度は小さくなる。この粘度低下をずり流動化(ずり減粘、shear-thinning)という。ずり流動化の原因はゾル状態では繊維は徐々に分離し方位性配列するためである。方位性配列とは、分離が進行して繊維が剪断応力の方向に並び、粘度への寄与を小さくすることである。

一方、ゾル状態で剪断応力が小さくなると見かけ粘度は増加する。この粘度増加をずり粘稠化(shear thickening)という。ずり粘稠化は繊維の方向が無秩序に戻ることに伴う。剪断応力が降伏値を下回った時、再び繊維間は架橋し、立体構造は復活する。そしてグリースはゲル状態に戻る。

揺変性

グリースのずり流動化の程度は剪断速度のみで一意に決まらず、荷重がかかる時間も関与する。例えば軸の回転速度を一定にして回転を続けたとき、軸と軸受けの間を満たすグリースの粘度は一定でない。時間経過とともに粘度は減少する。この性質を揺変性(チクソトロピー)という。揺変性は、グリースのゾル状態は時間とともに段階的に進行することに由来する。荷重の間に時間経過とともに増稠剤繊維の分離と方位性配列は進行する。

性状指標

グリースの性状と性能を客観的に文書で明示するため、様々な指標が存在する。一般的に、これら指標は性状表という文書にまとめられており、グリースの購入前に仕入れ先から閲覧することができる。

稠度
稠度(cone penetration)とはグリースの硬さや流動性の指標である。潤滑油の動粘度にあたる性能で、使用するグリースの選定は主に稠度によって決められる。日本工業規格の「JIS K 2220:2013 グリース 7 ちょう度試験方法」に測定方法が定められている[5]。同規格では、稠度を000号 - 6号の9区分に分類している。これら区分を稠度番号という。グリース製品の呼び方と表示において、稠度番号を明示することがJIS規格で定められている[5]
滴点
滴点(dropping point)とは、グリースを詰められて加熱された規定の容器からグリースが滴下する温度である。グリースはある温度以上になると構造粘度を失い、液体となる。このとき、粘度は急激に減少する。滴点はグリースが液体となる温度といえる。滴点の測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 8 滴点試験方法」で規定されている[5]。滴点はグリースの耐熱性の指標であり、滴点以上の使用は摩擦摩耗の原因となる。
銅板腐食
グリースの銅板腐食とは、そのグリースの金属腐食性の指標である。グリースの基油には硫黄窒素化合物が含まれており、高速の摩擦を受けると摩擦熱でそれぞれ硫酸硝酸になり得る。これら酸が金属を腐食させる原因となる。この試験では、研磨した規定の銅片にグリースを塗布し、銅片やグリースの腐食や変色の程度を評価する。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 9 銅板腐食試験方法」で規定されている[5]
蒸発量
グリースの蒸発量は、規定の条件でのグリースからの成分の蒸発による重量の損失分率である。グリースからは水分や軽質油分が蒸発しており、蒸発は熱や剪断により促進される。蒸発量が大きいと長期使用で潤滑性やその他性能が低下する虞がある。このため、蒸発量が小さいグリースは長期使用上望ましい。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 10 蒸発量試験方法」で規定されている[5]
離油度
離油度は、静的な状態でのグリースの構成基油の分離性の指標である。基油が分離するとグリースは硬化する。これが進行すると、グリースの潤滑性が無くなり使用できなくなったり、機械の故障や焼き付きの原因となったりする。このため、離油度はグリースの貯蔵安定性や寿命の指標となる。ただし、ある程度の基油の分離性は潤滑効果を高める[6]。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 11 離油度試験方法」で規定されている[5]
酸化安定度
グリースの酸化安定度とは、酸素圧755kPaのボンベ中にグリースを置き99℃に加熱して100時間後の酸素圧の減少量を5kPaの整数倍で表し数値である。酸化に対する強さを表す。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 12 酸化安定度試験方法」で規定されている[5]
混和安定度
混和安定度(worked stability)とは、グリースを25℃で10万回混和した後に60往復混和した直後の稠度である。混和安定度は、潤滑に長期間使用したときの稠度の寿命の指標となる。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 15 混和安定度試験方法」で規定されている[5]。グリースは長期間剪断を受けると、その構造が破壊されて軟化する傾向にあるという問題がある。混和安定度は長期使用での軟化の傾向の程度を示す。実際にはグリースは非常に複雑な条件で使用されていることが多く、実際の寿命と混和安定度との相関はあまりないとされる[6]。一般的に、混和安定度測定用の電動混和装置と稠度測定用(60回混和用)のそれとは異なる。
水洗耐水度
水洗耐水度とは、グリースの耐水性の指標である。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 16 水洗耐水度試験方法」で規定されている[5]。この試験では、グリースを塗布した玉軸受を63±3 rad/sに回転させながら、玉軸受に38±1.7℃または79±1.7℃の水を10秒間噴射する。グリース重量の減少分率(%)を水洗耐水度とする。
漏洩度
グリースの漏洩度とは、規定量だけグリースを充填されたホイールハブを規定の条件で回転したときにホイールハブおよび軸受から漏洩したグリースの総重量である。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 17 漏えい度試験方法」で規定されている[5]
低温トルク
グリースを詰めた規定の開放形玉軸受の内輪を、ある温度および回転数(毎分 1 rpm)で回転させたとき、その軸受の外輪を制止させるのに必要な力(トルク)は、そのグリースのその温度での低温トルクという。低温トルクは低温でのグリースの流動性を示す。値が小さいほど低温での流動性が高い。グリースは低温で硬くなり潤滑性が悪くなるため、寒冷での使用に低温トルクは重要である。
測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 18 低温トルク試験方法」で規定されている[5]。測定には低温トルク測定機が必要であり、規格はJIS等で定められている。低温トルクは2種類存在し、一つの試験で両方とも得られる。起動トルク:回転起動時に得られる最大トルク。装置を起動して摩擦や摺動直前の、何も力を加えられていない静止状態でグリースは最も硬い。回転トルク:規定時間回転した後に得られるトルクの平均値。時間だけ剪断を受けるとグリースは流体となり潤滑性を示すが、回転トルクはこのときの流動性と潤滑性を示す。起動トルクは起動開始直後の測定値と、回転トルクは回転10 分間の最後の15 秒間における測定値とハウジングのトルク半径の積である。
見掛け粘度
見掛け粘度とは、ハーゲン・ポアズイユの式で計算するずり速度(剪断率)に対するずり応力(剪断応力)の比である。グリースは非ニュートン流体であるため、見掛け粘度はずり速度によって異なる。測定方法は日本工業規格において「JIS K 2220:2013 グリース 19 見掛け粘度試験方法」やASTM D 1092 「Apparent Viscosity of Lubricating Grease」 で規定されている[5]。測定には見掛け粘度試験機が必要であり、規格はJIS等で定められている。
成分量
グリース中の成分の定性および定量試験の方法がある。一般的な水分の定量方法は蒸留法であり、日本工業規格において「JIS K 2275-3:2015 原油及び石油製品-水分の求め方-」で規定されている[7]。夾雑物の検出方法は一般的に顕微鏡観察であり、「JIS K 2220:2013 グリース 13 きょう雑物試験方法」で規定されている[5]。数値による評価は、試料1mm3当たりの粒子数で行われる。単位体積ごとの粒子数の計数のためのテンプレート(血球計数板など)が市販されている。灰分の定性・定量は「JIS K 2220:2013 グリース 14 灰分試験方法」で規定されている。この規格では、試料は坩堝内で燃焼された後、電気炉で600℃に加熱される。熱処理の後の残留物の重量を灰分量とする。このほか、硫酸灰分試験方法がある。この方法では坩堝での燃焼の後、試料は硫酸を加えられて、硫酸の沸騰が止むまで加熱される。
耐荷重能
耐荷重能の試験方法は、JIS規格では曾田式四球法とチムケン法の二つである。ASTM規格ではシェル四球式が定められている。一般的にシェル四球式が普及している。
吸引性と圧送性
一般的に潤滑目的のグリースの供給(給脂)はメンテナンスの観点から定期的に行わなければならない。集中給脂装置による給脂の良否は吸引性(slumpability)および圧送性(pumpability)という用語により表される[4]
吸引性とは、グリースタンクからポンプによってグリースが吸い込まれる場合の良否をいう。吸引性が低いと給脂装置および給脂箇所への供給が非効率である。典型的な場合、吸い込み側に真空部分ができたりポンプが空気だけを吸い込んだりする。このような状態が続くと、潤滑箇所にグリースが十分に給脂されず、給脂装置は油切れを起こす。
吸引性は稠度や、増稠剤の繊維の大小による。一般に、長繊維のグリースでは短繊維のものと比べて吸引性が優れている。また、不混和稠度が大きいほど、降伏値が小さいほど、吸引性は高い。しかし、実際は給脂装置を改善することでグリース吸引の問題は解決することが多い。装置の改善方法としては例えば、ポンプを真空度の高いものと交換する、配管を短かくする、配管の径を大きくする等である。
圧送性は、グリースが配管内を圧送されるときの流動の効率である。流動性が低いほど、圧送に要する圧力が大きくなる。圧送性は、数百メートルにもおよぶ集中給脂や自動車の集中給脂などで特に重要である。圧送性はグリースの見かけ粘度の大小による。グリースの圧送に所要する圧力はグリースの見かけ粘度に比例するためである。

  1. ^ ある平面にグリースを塗布して平面だけを動かしたとき、グリースにおける平面との接触面に、平面の運動方向と平行な力が加わる。この力を剪断力という。剪断力の大きさを接触面の面積で割った数値を剪断応力という。剪断応力の単位はPa、またはN/m2である。例えばグリースを塗布した軸に軸受けをはめた後に軸を高速回転させた場合、回転の描く円の接線方向でグリース(の接触部)に生じる力が剪断力である。
  1. ^ a b グリース基礎知識”. 中央油化株式会社. 2016年5月12日閲覧。
  2. ^ a b c グリースの基礎知識”. 株式会社ラブノーツ. 2017年1月7日閲覧。
  3. ^ ニュートン流体とは”. ジュンツウネット21. 2017年1月7日閲覧。
  4. ^ a b グリースのチキソトロピー性と流動性とは”. ジュンツウネット21. 2017年1月7日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o JIS K 2220:2013”. kikakurui.com. 2017年1月7日閲覧。
  6. ^ a b グリースの性状や性能を試験する方法”. ジュンツウネット21. 2017年1月10日閲覧。
  7. ^ JIS K 2275-1:2015 原油及び石油製品-水分の求め方-第1部:蒸留法”. kikakurui.com. 2017年1月17日閲覧。
  8. ^ 耐樹脂性グリース(なぜ必要か)”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  9. ^ a b 食品機械用潤滑剤のリスク管理と市場動向”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  10. ^ NSFガイドライン”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  11. ^ 食品機械用潤滑油等の NSF登録 に関して”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  12. ^ a b c グリースの分類と特性”. 共同油脂株式会社. 2017年1月8日閲覧。
  13. ^ a b 潤滑剤の基礎知識”. 友信貿易. 2017年1月8日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h グリースの種類と使用方法について”. ジュンツウネット21. 2017年1月8日閲覧。
  15. ^ グリース”. 油脂技術委員会. 2017年1月9日閲覧。
  16. ^ 特集記事「グリースの市場動向」2005/11”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  17. ^ グリースの生産実績推移”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  18. ^ a b c グリースについて”. 2017年1月9日閲覧。
  19. ^ 各種潤滑油の製造に使われるベースオイルの品質性状”. ジュンツウネット21. 2017年3月28日閲覧。
  20. ^ ジェイテクト「ベアリング入門書」編集委員会. 図解入門よくわかる最新ベアリングの基本と仕組み 
  21. ^ a b 合成系グリース(どのような用途に向くか)”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  22. ^ a b エステル系合成潤滑油の使い方”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  23. ^ 【工業用】エステル系グリース”. 住鉱潤滑剤株式会社. 2017年1月9日閲覧。
  24. ^ フッ素系合成潤滑油の特長”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  25. ^ a b フェニルエーテル系(厳しい条件下で活躍)”. ジュンツウネット21. 2017年1月18日閲覧。
  26. ^ a b グリースに増ちょう剤や添加剤は何故必要か”. ジュンツウネット21. 2017年1月16日閲覧。
  27. ^ グリースの製造方法”. 中央油化株式会社. 2017年1月17日閲覧。
  28. ^ グリースの分類と特性
  29. ^ 使用グリース分析による潤滑状態の把握”. ジュンツウネット21. 2017年1月21日閲覧。
  30. ^ a b グリースの劣化判定方法および汚染物除去方法”. ジュンツウネット21. 2017年1月19日閲覧。
  31. ^ ISO 6743-9:2003”. International Organization for Standardization(ISO). 2017年1月19日閲覧。





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「グリース」の関連用語

グリースのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



グリースのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのグリース (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS