グリース 増稠剤・基油別分類

グリース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/03 02:23 UTC 版)

増稠剤・基油別分類

JIS規格による用途分類とは別に、増稠剤や基油による分類方法が一般的に用いられている。

増稠剤別分類:石鹸型

石鹸型グリースは一般に増稠剤として金属石鹸を含む。金属石鹸の高級脂肪酸が網目構造を形成しており、構造粘度を成り立たせている。基本的に、機械的安定性、耐水性、耐熱性は金属石鹸の種類によって決まる。

金属石鹸の原料の油脂類が高級脂肪酸のみであるものが通常の石鹸型である。これとは別に、高級脂肪酸とともに低級脂肪酸またはその他の有機酸が組み合わされた複合石鹸型がある。複合石鹸型の網目構造において構成繊維は太く、かつ高密度に絡まり、構造粘度は非常に高い。このため通常の石鹸型よりも複合石鹸型は耐熱性が高い。

カルシウムグリース
別名カップグリース。増稠剤にカルシウム石鹸が用いられている。製造工程では、鉱油と脂肪酸、水酸化カルシウム及び水が混合され、加熱されて十分に鹸化された後、水分を調節されてカルシウムグリースが製造される。特徴として、耐水性に優れている。熱に弱く、滴点が低い。60℃以下で比較的低速・低荷重の一般滑り軸受等の潤滑、特に、耐水性に優れていることから水を使用する箇所の潤滑に適している。自動車のシャーシ用として特に一般的に用いられ、そのほかの使用例に車輌や建設機械の足回り、水用やコンクリート用のポンプ摺動部などがある。石鹸に牛脂系脂肪酸が用いられている場合、使用可能な最高温度は70℃である。なぜなら、牛脂系脂肪酸の網目構造は構造安定に1%前後の水分を必要とし、80度以上では水分が分離してグリースが液体化するためである[12][13]。石鹸にひまし油系脂肪酸が用いられている場合、グリースは水分無しでも安定な構造を作るため、約100℃まで使用できる。
カルシウム複合グリース
増稠剤はカルシウム複合石鹸であり、これには高級脂肪酸と、酢酸といった低級脂肪酸が組み合わされている。万能型でころがり軸受けや滑り軸受けに使用される。EP剤が添加されている場合、極圧グリースとして使われる。最高使用可能温度は120 - 150℃であり、複合化処理をされていないカルシウムグリースと比べて耐熱性は高い。しかし、経時または高温で硬化する傾向にある[14]
ナトリウムグリース
増稠剤がナトリウム石鹸であるグリース。繊維状構造を持ち、ファイバーグリースとも呼ばれる[2]。最高使用可能温度は120 - 150℃であり、耐熱性は高い。製造条件によって繊維を長く太いものから短いものまで製造できる[15]。耐水性が低く、水に触れる箇所には使用できない。なぜなら、ナトリウム石鹸は水に接触すると乳化するためである。転がり軸受けなどに使用されている。
アルミニウムグリース
増稠剤がアルミニウム石鹸であるグリース。金属への粘着性が良い。最高使用可能温度は80℃であり、耐熱性は低い[14]。耐熱性を強化したアルミニウム複合グリースがよりよく用いられる。自動車シャーシ開放歯車に使われる。
アルミニウム複合グリース
増稠剤がアルミニウム複合石鹸であるグリース。アルミニウム複合石鹸は、水酸化アルミニウムステアリン酸安息香酸を反応させて生産される。最高使用可能温度は120 - 180℃と、石鹸型の中で特に耐熱性が高い[14]。耐水性と機械的安定性も非常に優れており、撥水性と圧送性も良い[12]。欠点として、長時間熱に曝されると軟化する傾向にある。
リチウムグリース
増稠剤がリチウム石鹸であるグリース。最高使用可能温度は130 - 150℃と耐熱性に優れ、さらに耐水性や機械的安定性も高い。最も欠点が少ないグリースとされ、万能型グリースや汎用グリース(マルチパーパスグリース multi purpose grease)と位置づけられる。リチウムグリースの使用で潤滑分野の80%は満足することができると考えられている[14]。特に、中小型のボールベアリングに広く採用されている。グリースの中でとりわけ生産量が高く、米国で58%(2004年)[16]、日本で58%(2014年)[17]である。リチウム石鹸には牛脂系とひまし油系があるが、ひまし油系でより機械的安定性は高い。他の石鹸型グリースと混合すると性質が著しく変わる可能性が高い。
リチウム複合グリース
増稠剤がリチウム複合石鹸であるグリース。リチウム複合石鹸は、水酸化リチウムに高級脂肪酸と二塩基酸あるいは無機酸ホウ酸など)を反応させて生産される。耐熱性が非常に高い。滴点が260度以上のものも存在する[18]

増稠剤別分類:非石鹸型

石鹸型のグリースの多くで使用温度が70–150℃に対して、非石鹸型は200℃以上で使用可能である。

ベントナイトグリース
増稠剤が有機化ベントナイトであるグリース。最高使用可能温度は150 - 200℃と耐熱性が非常に高い。水の存在下で発錆しやすい。長期間高温で使用すると炭化する。他の石鹸型グリースと混合すると性質が著しく変わる可能性が高い。
シリカゲルグリース
最高使用可能温度は150 - 200℃と耐熱性が非常に高い。水の存在下で発錆しやすい。耐水性や機械的安定性は低い。
ウレアグリース
分子内にウレア結合を2個以上有する有機化合物(ジウレア、テトラウレア化合物またはポリウレア)が増稠剤である[12]。最高使用可能温度は150 - 200℃と耐熱性が非常に高い。耐水性や機械的安定性も高い。リチウムグリース以上の万能性を有し、リチウムグリースの耐熱限界となる潤滑箇所に主に利用される。使用例は製鉄メーカーの連続鋳造設備、圧延機、自動車部品、電装部品などである。欠点として、高温で硬化する傾向がある。
ナトリウムテレフタレートグリース
増稠剤がナトリウムテレフタレートであるグリース。油分離性が特に大きい。分離した際、稠度が小さくなるだけでなく、金属錯体を含有するため酸化劣化する。

基油別分類

グリースの多くは基油を鉱油としている。合成油は鉱油と比べて高価であるが、硫黄といった不純物を含まない。合成油は特殊な用途の場合に採用される。

鉱油系グリース
一般的な石鹸型グリースには、鉱油が使われている。鉱油はパラフィン系とナフテン系がある[19]。鉱油は合成油と比べると安価である。欠点として、精製で取り除ききれない不純物のため、熱安定性が低いこと、流動点が高いことである。低くとも-20℃で凝固する[20]。このため、合成油と比べると使用温度範囲は狭い。
PAO系グリース
基油がポリ-α-オレフィン(PAO)のグリース。PAOは潤滑性、粘度温度特性、低温流動性、耐熱性、および酸化安定性に優れる。増稠剤は主にウレア化合物かリチウムヒドロキシステアレートである。
PAOグリースの使用温度限界はウレア化合物で200℃、リチウムヒドロキシステアレートで150℃である。200℃の使用環境ではウレア系増稠剤と有機酸エステルの組み合わせはより高い潤滑性と酸化安定性を示すが、エステル系グリースは耐油性と耐水性に劣り、また高粘度のエステル油が多く存在しない。このため、高温環境ではPAO系のウレアグリースがより多く使用される[21]
PAOは比較的樹脂への影響が小さいが、70℃でもPC樹脂やPC/ABSアロイ樹脂を侵す。
エステル系グリース
基油が有機酸エステル(ジエステルまたはポリオールエステル)のグリース。有機酸エステルは一般に流動点が低く、粘度指数と引火点が高い[22]。このため、エステル系グリースは低トルク性と低摩擦性に優れる[23]。高引火点のため、難燃性を要する分野に利用される。熱安定性が高く、長期間の使用に耐え得る。有機酸エステルのエステル基は金属と結合して分子レベルの潤滑膜を形成するため、エステル系グリースは潤滑性に特に優れる。一般にジエステルよりもポリオールエステルの潤滑性が高い。有機酸エステルは一般に広い使用温度範囲を持つが、ジエステルは低温性が、ポリオールエステルは高温性がより強い。エステル系グリースはシリコーングリースよりも低価格で潤滑性に優れるため、シリコーングリースの代替品として利用されることがある[22]。欠点として、耐油性と耐水性が低い。また、有機酸エステルはゴムを膨潤させる傾向がある[18]
フッ素グリース
基油がパーフルオロアルキルエーテル(PFAE)であるグリース。増稠剤にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を使用する。フッ素グリースは耐熱性、耐水性、機械的安定性ともに非常に高い。特に200℃以上の使用環境で多く使用される[21]。PFAEは酸化劣化や揮発しにくく、長期使用に有効である。フッ素グリースは温度変化による性質の変化が小さく、低温から高温まで幅広く使用できる。基油は蒸気圧が小さいのでフッ素グリースは真空やクリーンルームで使用できる。不燃性であり、強酸や強塩基といった薬品や溶剤に対して強い。プラスチックやゴムを侵さず、それら部品の潤滑に適合する。欠点として、PFAEは多種の合成油や鉱物油に溶けない。このため、フッ素グリースを防錆剤や他のグリースが残っている場所に使用するとグリースがなじまずに摩擦や摩耗が生じる場合がある[24]。また、高温(300℃程度)で熱分解すると有害なガスが発生する恐れがある。
シリコーングリース
基油がシリコーンオイルであるグリース。シリコーンオイルは耐熱性・耐寒性・化学的安定性などに優れており、シリコーングリースもこれらの性質を有する。シリコーンオイルはゴムやプラスチックを侵さないため、ゴム部品やプラスチック部品の潤滑に利用される。増稠剤は金属石鹸などである。en:Silicone greaseも参照。
フェニルエーテル系グリース
基油がフェニルエーテル系の合成潤滑油(二環以上のフェニルエーテルの、ポリフェニルエーテルの、あるいはフェニルチオエーテルのアルキル化合物)であるグリース。フェニルエーテル系合成油の利点は、常温で液体の有機化合物の中で最高の耐熱性と耐酸化性である。欠点は粘度指数の低さ、流動点の高さ、非常に高い価格などである。フェニルエーテル系グリースは、非常に高温な現場で使用される。
特に、種々のアルキルジフェニルエーテルは耐熱性と耐酸化性に加えて潤滑性が高く、耐熱グリースの基油として多く用いられる。例えば、C16, C18のアルキル基を付加したモノアルキルジフェニルエーテル(MADE)と、C12, C14を付加した重質アルキルジフェニルエーテル(HADE)は鉱油と同程度の潤滑性や耐荷重性を示す[25]
一般的に、高温や高荷重などの過酷な条件で転がり軸受にグリースを用いた場合、軸受の金属組成が変化して金属表面が剥離する。この剥離現象は、グリースの分解により生じた遊離水素が金属を攻撃するためだと考えられている。フェニルエーテル系合成油は通常のエステル系やα‐オレフィン系合成油、および鉱油よりも熱、酸化、放射線などへの安定性が高く、遊離水素を生じさせにくい。このため、フェニルエーテル系グリースはエステル系グリースやPAO系グリースよりも、金属を剥離させるまでの期間が長い[25]。放射線による劣化速度が遅い。

  1. ^ ある平面にグリースを塗布して平面だけを動かしたとき、グリースにおける平面との接触面に、平面の運動方向と平行な力が加わる。この力を剪断力という。剪断力の大きさを接触面の面積で割った数値を剪断応力という。剪断応力の単位はPa、またはN/m2である。例えばグリースを塗布した軸に軸受けをはめた後に軸を高速回転させた場合、回転の描く円の接線方向でグリース(の接触部)に生じる力が剪断力である。
  1. ^ a b グリース基礎知識”. 中央油化株式会社. 2016年5月12日閲覧。
  2. ^ a b c グリースの基礎知識”. 株式会社ラブノーツ. 2017年1月7日閲覧。
  3. ^ ニュートン流体とは”. ジュンツウネット21. 2017年1月7日閲覧。
  4. ^ a b グリースのチキソトロピー性と流動性とは”. ジュンツウネット21. 2017年1月7日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o JIS K 2220:2013”. kikakurui.com. 2017年1月7日閲覧。
  6. ^ a b グリースの性状や性能を試験する方法”. ジュンツウネット21. 2017年1月10日閲覧。
  7. ^ JIS K 2275-1:2015 原油及び石油製品-水分の求め方-第1部:蒸留法”. kikakurui.com. 2017年1月17日閲覧。
  8. ^ 耐樹脂性グリース(なぜ必要か)”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  9. ^ a b 食品機械用潤滑剤のリスク管理と市場動向”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  10. ^ NSFガイドライン”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  11. ^ 食品機械用潤滑油等の NSF登録 に関して”. ジュンツウネット21. 2017年1月15日閲覧。
  12. ^ a b c グリースの分類と特性”. 共同油脂株式会社. 2017年1月8日閲覧。
  13. ^ a b 潤滑剤の基礎知識”. 友信貿易. 2017年1月8日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h グリースの種類と使用方法について”. ジュンツウネット21. 2017年1月8日閲覧。
  15. ^ グリース”. 油脂技術委員会. 2017年1月9日閲覧。
  16. ^ 特集記事「グリースの市場動向」2005/11”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  17. ^ グリースの生産実績推移”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  18. ^ a b c グリースについて”. 2017年1月9日閲覧。
  19. ^ 各種潤滑油の製造に使われるベースオイルの品質性状”. ジュンツウネット21. 2017年3月28日閲覧。
  20. ^ ジェイテクト「ベアリング入門書」編集委員会. 図解入門よくわかる最新ベアリングの基本と仕組み 
  21. ^ a b 合成系グリース(どのような用途に向くか)”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  22. ^ a b エステル系合成潤滑油の使い方”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  23. ^ 【工業用】エステル系グリース”. 住鉱潤滑剤株式会社. 2017年1月9日閲覧。
  24. ^ フッ素系合成潤滑油の特長”. ジュンツウネット21. 2017年1月9日閲覧。
  25. ^ a b フェニルエーテル系(厳しい条件下で活躍)”. ジュンツウネット21. 2017年1月18日閲覧。
  26. ^ a b グリースに増ちょう剤や添加剤は何故必要か”. ジュンツウネット21. 2017年1月16日閲覧。
  27. ^ グリースの製造方法”. 中央油化株式会社. 2017年1月17日閲覧。
  28. ^ グリースの分類と特性
  29. ^ 使用グリース分析による潤滑状態の把握”. ジュンツウネット21. 2017年1月21日閲覧。
  30. ^ a b グリースの劣化判定方法および汚染物除去方法”. ジュンツウネット21. 2017年1月19日閲覧。
  31. ^ ISO 6743-9:2003”. International Organization for Standardization(ISO). 2017年1月19日閲覧。


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