オバケのQ太郎
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ゲーム
- オバケのQ太郎 ワンワンパニック
- 1985年12月16日、バンダイより発売。ファミリーコンピュータ用ソフト。アクションゲーム[28]。
- 原作漫画とほとんど関係の無い世界観、Q太郎のあらゆる動作の鈍さなどからゲームとしての評価は低い。Q太郎の天敵である犬の攻撃が非常に早く、1面をクリアするのも難しいほどのゲームバランスの悪さとなっている[28]。
キャラクター商品・関連企画
アニメ1作目が空前のヒットとなり、以後数多くの関連商品が作られた。
- アニメ1作目
- 不二家の一社提供のため、不二家からオバQのお菓子が発売された、当初はアニメ開始前に風船ガム「オバQフーセンガム」が発売されたが、アニメ開始と同時に板チョコ「オバQチョコレート」や、「オバQキャンディー」を追加発売、やがてキャラメルを始め、ピーナッツチョコ(板チョコ、チョコボール)や糖衣チョコも発売、いずれのお菓子にも、様々なおまけが付いていた。また懸賞も盛んに行われ、1965年から1966年にかけて、オバQお菓子の包み紙を贈ると、オープンリールテープレコーダーやオバQラジコン人形が当たる懸賞が行われていた。さらに1966年にはオープン懸賞として、「オバQといっしょにケニヤに行こう!」「Qちゃんとオトギの国デンマークへ行こう」が行われた(インド航空協賛)。これは葉書にオバQ(「デンマーク」ではP子でも良い)の似顔絵を描いて応募すると、抽選でケニア旅行やデンマーク旅行といった海外旅行が贈られるもので(「ケニヤ」の時は8ミリカメラが副賞)、海外旅行がまだ「高値の花」と言われたこの時期では、一際注目を浴びた。なお原作者の藤子不二雄は双方の審査員を担当し、旅行に同行した。また「デンマーク」の時は、「週刊少年サンデー」1966年28・29号で藤子不二雄が懸賞前にデンマークへ偵察に出かけた事を報告すると、似顔絵懸賞の説明と参考のための「オバQの描き方」(P子の描き方は無し)の記事を発表[29]、そして旅行後の「週刊少年サンデー」1966年48号に、藤子・F・不二雄風の男性がデンマーク旅行に行った時の土産話を語る作品「デンマークに負けるな」を発表した[30]。
- 1966年暮れには『オバQクリスマス』というレコードが発売された(P子や正太も登場するコロムビア盤と、Q太郎のみが歌う勁文社盤がある)。スポンサーの不二家が『オバQ』を通じて自社のケーキを買ってもらおうというタイアップ企画でもあり、ペコちゃんとQ太郎がクリスマスソングを歌う、景品のソノシートも制作された[31]。
- アニメ2作目
- 再び不二家がスポンサーに付き、新たなオバQお菓子を発売、更にかつての「ケニヤ(デンマーク)へ行こう」と同様の似顔絵懸賞を行ったが、アニメ開始1ヶ月後の1971年10月よりオープン懸賞の上限は百万円まで」となったため、賞品は海外旅行ではなく、ギフト旅行券となった。また、新たにプリマハムがスポンサーに加入し、「オバQウインナー」などのキャラクターソーセージを販売した。なおプリマハムは1972年9月限りで任天堂と交代した[32]が、その後も番組終了まで販売した。
- アニメ3作目
- 不二家は参加せず、同業者のロッテがスポンサーに付いた。
また2作目と3作目の間の1976年には、ポピー(現:バンダイ)の「超合金」のシリーズ企画で、懐かしの漫画キャラ・アニメキャラ・おとぎ話キャラをフィギュア化した「名作シリーズ」の一環として、オバQの「超合金」が発売。オバQを立てる台座やP子人形が付属しており、P子を背中に乗せたり、背中のボタン操作で口が開き、舌が出るギミックが付いていた。後年、『ドラえもん』『怪物くん』『パーマン』といったシンエイ動画版藤子アニメが放送された時は、ポピー→バンダイから「超合金」人形が発売されたが、本作のシンエイ版が放送された時は、オバQの「超合金」は発売されず、「名作シリーズ」版が唯一の「超合金」となった。
本作のキャラクターが登場する他の作品
国民的人気漫画であったことから、「オバQ」や「Q太郎」という名称や絵が登場したり、作中人物がQ太郎に扮したり、漫画やアニメのモブシーンに顔を出す作品は多数ある。ここでは「セリフのあるキャラクターとして登場するもの」「制作当時の社会風俗として登場しているもの」に限定する。
キャラクターとして登場するもの
漫画
- 藤本単独作
- 『ドラえもん』(セリフのあるもの)
- 「なんでも空港」(てんとう虫コミックス32巻)、「不運はのび太のツヨーイ味方!?」(てんとう虫コミックス『ドラえもん プラス』1巻)、「のび太のドラビアンナイト」(『大長編ドラえもん』11巻)
- このほかモブキャラとして「ほんもの図鑑」(てんとう虫コミックス6巻)、作中世界のテレビ番組として「おりたたみハウス」(てんとう虫コミックス24巻)、「ジャイアンよい子だねんねしな」(てんとう虫コミックス27巻)、「カチンカチンライト」(てんとう虫コミックス38巻)、「ジャイ子の新作まんが」(てんとう虫コミックス44巻)、スネ夫のコレクションとして「ポスターになったのび太」(てんとう虫コミックス33巻)に描かれている。
- 安孫子単独作
- 短編『小池さんの奇妙な生活』 - 冒頭の場面に近所の住人としてQ太郎(安孫子が作画)が登場する。
- 他の作家によるもの
- ヨシダ忠(元・藤子・F・不二雄アシスタント)による小学館の学習雑誌『小学一年生』の1974年版なぞなぞ漫画および付録の豆本 - この漫画および豆本の主役は「なぞえもん」という、ちょんまげ頭の小学生であるが(首から下は現代の普段着、舞台も現代で、通っている小学校でちょんまげは彼一人だけ)、Q太郎が同居しており、仲間のオバケたちもなぞなぞを出す話の都合上出演している。大原家は登場しない。
社会風俗として登場しているもの
漫画
映画
- 『哀愁の夜』(1966年、日活) - 和泉雅子扮する美沙緒が経営するアニメ制作プロダクション「Qプロダクション」では『オバケのQ太郎』のテレビアニメを製作している。劇中で主演の舟木一夫と二人でスライドで『オバケのQ太郎』を見るシーンがあり、従業員一同で『オバケのQ太郎』の主題歌を合唱するシーンなどがある。
- 『喜劇 駅前漫画』(1966年、東京映画) - Q太郎とP子らがアニメと着ぐるみで登場。劇中に登場する玩具工場では当時のオバQグッズが作られている。その工場の社長(伴淳三郎)の息子は久太郎(頭師佳孝)という名で、いつもオバQの「Q」の字と唇をモチーフにした白いトレーナーを着ている。この作品に登場する漫画工房で描かれている漫画は『おそ松くん』である。なお久太郎役の頭師がレギュラー出演し本作と同じくTBS系列にて放送されていたテレビコメディ『いとはんと丁稚どん』(朝日放送制作)の、第26話(1966年4月18日放送)に「大松とオバQの巻」という話があるが、どのような内容かは不明。
注釈
- ^ 『週刊少年サンデー』連載第1回には「藤子不二雄とスタジオ・ゼロ」と掲載されているが、その後、中黒が消され「藤子不二雄とスタジオゼロ」という表記になっている。
- ^ のちの小山田つとむ。
- ^ 藤本の結婚披露宴におけるつのだじろうの発言によるとされるが、つのだ自身は覚えていないと言う。
- ^ 『二人で少年漫画ばかり描いてきた』(文春文庫)、228頁に第1回の1週間前に次号予告を出す時点でタイトルが決まったと記されていることから。
- ^ 「オバQのタイトルの由来は小田急から」というジョークがよく語られるが、『スタジオボロ物語』の作中には「タイトルの由来は小田急」とは記されていない。TBSにて2008年4月12日放送の番組『ブロードキャスター』におけるインタビューで藤子Ⓐは「小田急」と「オバQ」をかけた発言をしているが、前述の通り著書では安部公房の書籍から採ったと語っている。
- ^ 誌面クレジットの発行日は2月2日。
- ^ 反応が全くなかった事について藤子不二雄の二人は「『オバQ』はあらためて面白いと言う必要もないほど読者にウケていた」と解釈している(『小学館版 学習まんが人物館 藤子・F・不二雄』より。なお、この伝記漫画には「実際は1966年11月に描かれたオバQの最終回を1964年2月に描いたものとして描写」「1964年に久々に合作をしようと言い合って描いたオバQが最後の合作(実際には1976年まで多数の合作が描かれている)」等の事実誤認が複数ある)。
- ^ 『週刊少年マガジン』にて、藤子不二雄の週刊連載『サンスケ』が2月から開始されており、こちらのストーリーは安孫子が担当した。
- ^ 10月号からは『ゲームセンターあらし』が2番手の位置を多く占めるようになった。
- ^ 10分弱の短編をオムニバス形式で繋げて途中入場者や長編の鑑賞に耐えられない児童でも鑑賞できるように企画された方式。
- ^ まんだらけなど大手の競売で関連資料が出品されている。
- ^ 2024年2月19日時点で本項に記載されていた掲載号のうち、藤子・F・不二雄大全集に記載されていない号および、掲載誌が確認できなかった号は非表示コメントとしてソース内に記載した。
- ^ 1965年1〜7月号は早見利一画。1966年8月号は藤子以外による作画。1967年7月号〜は篠田ひでお画で連載継続。
- ^ 1966年11月号は藤子以外による作画。1967年3〜12月号は篠田ひでお画で連載継続。
- ^ 1973年3月号は木村雅俊画。
- ^ 1966年11月号は松山しげる画。1967年3月号〜1968年6月号まで松山しげる画で連載継続。
- ^ 1966年7月号は松山しげる画。1967年3月号〜1967年11月号まで松山しげる画で連載継続。
- ^ 1973年3月号は松山しげる画。
- ^ 1966年7月号は松山しげる画。1967年3月号〜1968年3月号まで松山しげる画で連載継続。
- ^ 1973年3月号はヨシダ忠画。
- ^ 1966年11月号は再録。12月号〜1967年8月号まで松山しげる画で連載継続。
- ^ 1965年1〜3月号は『小学六年生』と同内容を掲載。1966年6月号は再録。11月号〜1967年3月号まで藤子以外の作画で連載継続。
- ^ 1965年1〜3月号は『小学五年生』と同内容を掲載。1966年7月号は再録。11月号〜1967年3月号まで藤子以外の作画で連載継続。
- ^ 収録作と表紙を描き下ろし。3巻(1966年)の収録作は藤子以外が作画。
- ^ 1972年10月号は安井康二画。
- ^ ゴンスケを『21エモン』『ゴンスケ』のキャラクターと換算するなら14作品。
- ^ 1969年に刊行された虫コミックス版について藤本は「うちには1冊しか残っていない」と後年語っていた(『文藝春秋』1994年2月増刊号でのよしもとばななとの対談より)。
- ^ 「フランス」の場面では、『おそ松くん』のイヤミが登場している。
- ^ 独立後に権利が分割されたため「藤子・F・不二雄」の単独名義となったが、雑誌連載時には安孫子も作画を担当した合作である。
- ^ 『Neo Utopia』vol.40 p.51 ブッキング・左田野渉インタビュー
- ^ 執筆は石森と安孫子が主に行い、藤本はキャラクターデザインの一部を担当した。
- ^ 鈴木伸一のペンネーム。
出典
- ^ 「まんだらけ12」(1996年)P.22
- ^ NHK『ザ・ライバル「少年サンデー・少年マガジン物語」』
- ^ a b 藤子不二雄『スタジオボロ物語』
- ^ 『アサヒ芸能』2002年9月5日号の藤子Ⓐへのインタビュー記事などでも同様の内容が本人から語られている。
- ^ 『二人で少年漫画ばかり描いてきた』(文春文庫)、227頁
- ^ 『藤子不二雄まんがヒーロー全員集合』「オバケのQ太郎 キャラクターづくりの秘密」
- ^ 長田暁二『昭和の童謡アラカルト - 戦後編』ぎょうせい、1985年、253頁。ISBN 4-324-00124-3
- ^ 曽我町子コレクション・ステラ(インターネットアーカイブのミラー)
- ^ 曽我町子,石川進/オバQ音頭/オバケのQ太郎 レコード通販のサウンドファインダー
- ^ 曽我町子.石川進/アニメ「オバケのQ太郎」 オバQ音頭 SCS4アナログレコード 詳細ページ
- ^ 小学館ビル:漫画家25人が落書き…建て替え、別れ惜しみ、毎日新聞、2013年8月13日
- ^ ありがとう! 小学館ビル ラクガキ大会
- ^ ポケモンの成功法則
- ^ 『週刊昭和タイムズ』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)より。
- ^ 『うしおそうじとピープロの時代』太田出版、1999年、p.101。安藤健二『封印作品の憂鬱』洋泉社、2008年、pp.91 - 92
- ^ 藤子・F・不二雄大全集『新オバケのQ太郎』4巻、393頁
- ^ 藤子・F・不二雄大全集『オバケのQ太郎』『新オバケのQ太郎』『Fの森の歩き方』『Fの森の大冒険』、各作品の掲載誌
- ^ 小学四年生1965年7月号「これがオバQだ!!」
- ^ 中島紳介「壮絶編集者人生」『TOYSUP!』05号、トイズプレス、2014年、p.53
- ^ 『ひとり三役』にてユカリと両親の留守に祖父が訪れ、がっかりさせないために代わる代わる化けて応対したが、3人揃って出て欲しいと言うので「幅広なオバケの体から3人の上半身が生えた姿」に化け、下を炬燵に隠して応対した。
- ^ 自らの誕生日でバースデーケーキを作ってもらった際、同じ誕生日だが家が貧しくケーキが買えない少年にプレゼントしたこともある、。
- ^ 神成さんは彼を家に寄せ付けない対策として匂いを覚悟の上で家の周囲の壁に糠味噌を塗りたくったが彼の策で消防車を呼ばれ壁を洗浄されたことがあった。
- ^ 外人になりすまして仮病まで使って大原宅に居候しようとして、正太の部屋で看病された時にたくあんを出されて、ベランダから飛び出し香水の香りで癒そうとしたことがあった。
- ^ 藤子・F・不二雄大全集 別巻2『Fの森の大冒険』32頁
- ^ 『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎⑤』小学館、p.482頁。
- ^ 『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎⑨』小学館、P.419頁。
- ^ 『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎⑪』小学館、p.363頁。
- ^ a b マイウェイ出版『死ぬ前にクリアしたい200の無理ゲー ファミコン&スーファミ』 (ISBN 9784865119855、2018年10月10日発行)、11ページ
- ^ 『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎⑤』小学館、p.472・473頁。
- ^ 『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎⑤』小学館、p.382頁。
- ^ この企画は『怪物くん』でも行われた。
- ^ 日本テレビ放送網株式会社社史編纂室 編『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月28日、490 - 491頁。NDLJP:11954641/261。
- ^ ついに明かす『オバQ』命名秘話(『夕刊フジ』2009年5月23日)
- ^ 観光バス 1960年代 - 両備・岡電デジタルのりもの博物館(両備ホールディングス)。日野RC100Pに川崎製オバQ型ボディを架装した車両の写真が掲載されている。
- ^ オバケのQ太郎:30年ぶりコミックス一新 装丁は祖父江慎 - まんたんウェブ(2015年6月25日)
- ^ 「藤子・F・不二雄大全集がやって来る!」『フィギュア王』No.138、16-17頁
- ^ 『藤子スタジオアシスタント日記 まいっちんぐマンガ道 名作秘話編』えびはら武司、竹書房
- ^ 初出:『別冊少年サンデー』1966年2月号。てんとう虫コミックス(旧版)第5巻・藤子不二雄ランド第12巻収録。
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