(3)社会評論家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/13 04:55 UTC 版)
『資本論』翻訳者や、社会主義の研究者などの外社会評論家としても活動した。 高畠の投稿先は、自身の機関紙の外、『太陽』、『改造』、『解放』、『中央公論』、『経済往来』(後の『日本評論』)、『読売新聞』、『報知新聞』などの中央雑誌・新聞であり、多数のエッセイや論文を残している。これらの中で比較的有名なものは、『自己を語る』『論・想・談』にまとめられた。 高畑は『資本論』全訳、マルクス経済学の権威、国家社会主義者、社会評論家と、多数の顔を持ったが、その絶頂期とも言える時期に病に倒れ、そして突如として1928年(昭和3年)12月23日に、胃癌のため自宅にて没した。葬式には、堺利彦ら左翼や高畠門下を始め、上杉慎吉、赤尾敏、梅津勘兵衛など多数の右翼の関係者が集まった。
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