ひろう‐げんど〔ヒラウ‐〕【疲労限度】
読み方:ひろうげんど
⇒疲労限界
疲労限度
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 16:39 UTC 版)
疲労限度(ひろうげんど、英語:fatigue limit, endurance limit)とは、材料の疲労において、物体が振幅一定の繰返し応力を受けるとき、何回負荷を繰り返しても疲労破壊に至らない[1]、またはそのように見なされる応力値のことである[2]。疲労限、疲れ限度、耐久限度、耐久限などとも呼ぶ[1][3]。材料の疲労強度特性の検討や設計応力の検討を行う際の重要な特性の1つとされる[4]。
定義

一般に、材料が振幅一定の繰返し応力を受けるとき、材料の疲労により、ある繰返し数で破壊に至る。繰返し応力の値を下げるに連れて、材料が疲労破壊までに至る荷重の繰り返し数は増えていき、長寿命となる。このような繰返し応力の大きさと荷重繰返し数の関係を表したのがS-N曲線である。S-N曲線で、負荷応力を下げていくと106回 - 107回辺りで曲線が折れ曲がって水平となり、無限回繰り返しても破壊に至らなくなるとされる繰返し応力の下限値が存在する場合がある[5]。この時の応力を疲労限度(fatigue limit)または耐久限度(endurance limit)と呼ぶ[1][6]。
繰返し引張圧縮、回転曲げや繰返しねじりなど、どのような荷重形式の繰返し荷重を与えるかによって材料中の応力状態は異なり、疲労限度の値も異なる。さらに平均応力の有無と大きさによっても疲労限度は異なる。疲労試験では平均応力0の両振り応力、または最少応力あるいは最大応力0の片振り応力による試験が採用されることが多い。そのため、材料の疲労限度を表す場合はどのような繰返し荷重形式による結果なのかを明確にして、両振り引張圧縮疲労限度、片振り引張疲労限度、回転曲げ疲労限度、両振りねじり疲労限度、などと表す[3]。
S-N曲線における繰返し応力の大きさを表すのに、応力振幅と応力範囲(応力振幅の2倍値)があるが、通常、疲労限度は応力振幅で表す[1]。しかし、片振り疲労試験結果の疲労限度については、応力範囲で表すこともある[3]。
材料因子の影響
材料による疲労限度の存在有無
青:鉄(疲労限度30ksi)
赤:アルミ(明確ではない)
全ての材料に疲労限度が存在するわけではなく、存在する材料の種類は限られている。明瞭なS-N線図の水平折れ曲がりを示す材料としては、鉄鋼やチタン合金などの材料に限られている[7]。
明確な疲労限度を持たず、繰り返し数107 - 108回を超えてもS-N曲線は右下がりの傾向を示す材料としては、アルミニウム合金、銅合金のような非鉄金属[7]、多くのプラスチック材料[8]などが挙げられる。このような材料では、107回、108回などの十分に余裕を持つと考えられる繰り返し数に対応する応力(時間強度)を疲労限度と同じような目安と見なして取り扱う[5]。
材料によって疲労限度が存在するかしないかのメカニズムの一般的な定説は現在のところ存在しない[9][4]。鉄鋼のような明瞭な降伏を示す材料は疲労限度を持ち、非鉄金属のような降伏を示さない材料は疲労限度を持たない傾向にある[10]。
また、高強度の鉄鋼材料では、106回 - 107回辺りでS-N曲線が水平になった後、108 - 109回以上でまたS-N曲線が右下がりとなり、疲労限度が消失する場合がある[11]。このような繰り返し数領域での疲労破壊を超高サイクル疲労 (very high cycle fatigue) などと呼ぶ。通常の疲労では材料表面を起点にしてき裂が発生・進展するが、超高サイクル疲労では材料内部からのき裂進展により破壊に至るのが特徴である[11]。
平滑材の疲労限度推定式
疲労試験で使用される試験片において、試験部に後述の切欠きが存在しない試験片のことを平滑材 (smooth specimen) あるいは平滑試験片と呼ぶ[12]。平滑材の疲労限度は、引張強さや硬さなどの材料特性とある範囲内で良い相関がある[4]。材料の引張強さから平滑材の疲労限度を予測する式として、鉄鋼材料については経験的な次の式が知られている[13]。
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切欠き底の応力分布概念図 切欠き係数の傾向として、α が小さい場合は β = α に近いが、α が大きい場合は β < α となり[22]、さらに α がある程度以上大きくなるとαの大きさに関わらず β は一定値を取るようになる[20]。β = α とならない大きな理由は、切欠き材の疲労限度が切欠き底の最大応力 σmax のみでなく、切欠き底から材料内部に向かっての応力分布がどのように変化するかも影響しているためである。すなわち、σmax が同じでも、切欠き底から材料内部に向かって急激に応力が減少する場合と緩やかに減少する場合とでは、材料が受ける負担が異なる[23]。α が小さい切欠きは応力減少が緩やかな場合が多いので、材料が受ける負担が大きく、β = α に近くなる。対して、α が大きい切欠きは応力減少が急激な場合が多いので、σmax に比して材料が受ける負担が小さく、β < α となる。このような切欠き底の応力分布の強弱を代表するために、切欠き底の最大応力の点における応力分布の傾きχが用いられる[23]。χ を切欠き底の応力勾配(stress gradient)と呼ぶ。
α がある程度以上大きくなると α の大きさに関わらず β は一定値を取る傾向を示す[20]。このような条件下では、疲労限度下の応力で繰返し負荷後に、切欠き底に 1 - 0.1 mm の巨視的な停留き裂(non-propagating crack)が確認される。すなわち、α が大きい鋭い切欠きでは、巨視的なき裂の進展・停留の有無により疲労限度が決まっている。詳細な実験結果によると、このような疲労限度の分岐は、応力集中係数 α ではなく、応力勾配 χ、あるいは切欠き底の最大応力切欠き半径 ρ により決まると考える方がより正確である[21]。また、西谷によると、荷重形式(曲げ・引張、平均応力の有無など)が同じだとすれば、分岐点となる ρ の値は材料定数となる[21]。
微小欠陥を有する場合
√areaパラメータモデル概説図 1 mm 以下の微小なサイズの欠陥(傷、穴、空洞、介在物)を有する場合でも疲労限度が低下する場合がある。原理的には切欠き効果と同じく応力集中が根本原因であるが、大きなサイズの切欠きと同様の考え方(例えば切欠き底の最大応力を代表値として平滑材疲労限度と比較するような考え方)では、微小欠陥を有する材料の疲労限度を正確に予測することはできない。このような微小欠陥や微小き裂、非金属介在物を有する金属材料についての疲労限度の予測式が、村上・遠藤により提案されている[24][25]。
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疲労限度線図予測式の比較。横軸が平均応力、縦軸が応力振幅の耐久限度線図 繰返し応力の応力振幅が同じでも、平均応力の有無によって疲労限度の値は変わってくる。疲労限度(応力振幅)と平均応力の関係を示したものを疲労限度線図(fatigue limit diagram)あるいは耐久限度線図と呼ぶ[1]。平均応力による疲労限度への影響を表す線図には、次のようにいくつかの種類がある[30]。
- Haighの方法:横軸に平均応力、縦軸に応力振幅を取る線図
- Smithの方法:横軸に平均応力、縦軸に最大応力と最小応力を取る線図
- Goodmanの方法:横軸に最小応力、縦軸に最大応力を取る線図
一般に、引張りの平均応力が加わると疲労限度は低下し、圧縮の平均応力が加わると疲労限度は上昇する傾向にある[28]。そのため疲労限度線図は右下がりの曲線となり、いくつかの予測式が提案されている[1][31]。
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疲労限度
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 06:57 UTC 版)
詳細は「疲労限度」を参照 鉄鋼系材料であれば、106 - 107回ほど繰り返したところで、S-N曲線がほぼ横ばいになり、それ以下の応力では何度回数を繰り返しても破断しないと考えられる応力振幅の限界点が存在する場合がある。この時の応力振幅を疲労限度(Fatigue limit)または耐久限度(endurance limit)と呼び、長期間変動荷重に晒されるものを設計する際の目安になる。ただし、対象となる部材の表面状態や欠陥・切欠き等の有無、雰囲気、外気温度、繰り返し応力の加わり方などによって疲労限度は大きく異なり、あるいは疲労限度が存在しなくなる場合も存在する。疲労の許容応力をどのように評価するかは、実験値の疲労限度のみならず、対象物の実際の使用状況を検討し、多くの影響因子を考慮して決める必要がある。また、右下がりに傾斜している範囲の応力を時間強度(strength at finite life)あるいは単に疲労強度(fatigue strength)と呼び、例えば106回に対応する時間強度(応力)を106時間強度などと呼ぶ。アルミニウムや黄銅、あるいはプラスチックなどは、鉄鋼系材料のような明確な疲労限度を持たず、繰り返し回数を多くするほど破断応力は低下する傾向を示す。このような材料では107 - 108回程度の時間強度を疲労限度と同じような目安と見なして取り扱う。
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