SF作家として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 06:54 UTC 版)
学習院中等科在学中からSFファン活動を開始。『宇宙塵』に入会する他、自らファン・グループ「全日本青少年SFターミナル」を主宰してファンジン『SFファンジン』を刊行。 また、1968年に中学三年生の15歳にしてSF短編『青銅色の死』で安倍能成文学賞(初等科から大学までの、学習院在学中のすべての学生を対象とした賞)を受賞した。また、学習院の2年後輩の後のSF評論家巽孝之と交遊することとなり、巽が主宰する同人誌『科学魔界』にSF小説を発表。 アルバム『センス・オブ・ワンダー』発売後、短篇集『飛行船の上のシンセサイザー弾き』『鍵盤帝国の劇襲』(ハヤカワ文庫)、『ときめき ROCKIN’WAY』(コバルト文庫)など、音楽が重要モチーフとなっている作品を出版した。また、SF作家の小説作品のイメージアルバムも多数手がけている。日本SF作家クラブ会員として、日本SF大賞の審査員も務めた。 2010年から、SFファングループ「全日本中高年SFターミナル」を主催し、イスカーチェリ、BAMU、科学魔界の三誌合同誌としてファンジン『SFファンジン』を刊行。
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