ジュリア集合
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/18 13:58 UTC 版)

複素力学系におけるジュリア集合(ジュリアしゅうごう、英: Julia set)は、ある複素函数の反復合成の族が正規でない点を集めた、複素平面またはリーマン球面上の集合である。函数が多項式函数のときは、反復合成で無限遠に行かない出発点の集まりである充填ジュリア集合に対し、ジュリア集合を充填ジュリア集合の境界と定義することもある。名称は、20世紀初頭に複素函数の反復を研究したガストン・ジュリアに因む。たいていのジュリア集合はフラクタルとなり、神秘的や美しいとも評されるような図形が得られる。
ジュリア集合の補集合がファトゥ集合で、複素平面はジュリア集合とファトゥ集合に二分される。ジュリア集合上で点を反復合成したときの振る舞いはカオスである。複素数の定数を持つ2次函数を考え、このジュリア集合が連結であるような定数の集まりは、マンデルブロ集合として知られる。
定義
正規族によるもの

C を複素平面、 = C ∪ ∞ をリーマン球面とする。標準的には、ジュリア集合は正規族の概念で定義される[1]。一般に、領域 D ⊂ または D ⊂ C で定義された有理型函数から成る族 F が正規族であるとは、F から任意に選んだ函数列が D 上で広義一様収束する部分列を含むことをいう[2][3]。
正規族の概念は同程度連続性に結び付く[2]。アスコリ・アルツェラの定理より、一般に、有理型函数族 F : D → が D 上で正規族であることは、F が D 上の各点で同程度連続であることと同値となっている[4][5]。同程度連続性により、複素力学系の漸近的な振る舞いを特徴付けできる[2]。
まず、正規族でファトゥ集合(英: Fatou set)を定義する。f を正則函数 f : → (または f : C → C )とする。ある点 z ∈ にf の n 回反復合成を行って得られる値を f n(z) で表すとする。点 z ∈ のある近傍 U(z) ⊂ 上で、族 {f n|U}∞
n=1 が正規族となるとき、このような点全体の集合をファトゥ集合と呼ぶ[6]。f のファトゥ集合は Ff や F(f) などと表される[7][8]。
ジュリア集合は、ファトゥ集合の補集合として定義される。函数 f のジュリア集合は Jf や J(f) などと表す[7][8]。すなわち、
P を2次以上の複素多項式 P(z) = anzn + an−1zn−1 + … + a0 とする。係数 an, an−1 … a0 も複素数である。まず、複素平面 C からそれ自身への多項式函数 P : C → C の充填ジュリア集合(英: filled Julia set)を KP で表し、
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複素函数 P(z) = z2 のジュリア集合 JP は単位円(黒い円周)となる。単位円上の点(緑)は反復してもその上に存在し続け、単位円外の点(赤と青)は単位円から離れて行き無限遠または原点に向かう。 ジュリア集合の最も簡単な例として P(z) = z2 という複素函数が挙げられる[22]。 これは与えられた z を2乗するだけの函数で、図形的には複素平面上で z の絶対値を2乗し、 z の偏角を2倍にする[23]。複素数を極形式で表すと z = |z|eiθ であるから、この場合の P の k 回反復は
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定数 c を変化させたときの複素函数 z ↦ z2 + c のジュリア集合。図中の白い部分がジュリア集合で、白い部分と緑の部分を合わせたものが充填ジュリア集合 定数 c ∈ C を持つ2次函数
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複素平面およびマンデルブロ集合の上半分に、代表的な c のジュリア集合を重ねた図 大きく分けると JP は連結集合またはカントール集合のいずれかになる[67]。臨界点 0 から出発する前方軌道 {P k(0)}k ≥ 1 が有界であれば、言い換えれば k → ∞ のとき P k(0) ↛ ∞ であれば、 JP は連結集合である[69]。0 から出発する軌道が無限遠点に逃げ出す場合、すなわち k → ∞ のとき P k(0) → ∞ であれば、JP はカントール集合である[70]。これらと対応し、ジュリア集合の全体像を与えるのが Pc の定数 c の集まりから定義されるマンデルブロ集合 MP ⊂ C で、c が MP 上にあれば JP は連結で、c が MP から外れると JP は全不連結となる[71]。
まず、原点 0 を出発する軌道が有界の場合で、不動点に吸引される場合を考える。c = 0 のときは、上述のように JP は単位円で、原点 0 が吸引的不動点である[72]。c ≠ 0 のときは、c が小さければ原点近くに吸引的不動点が存在し、JP も単純閉曲線だが、曲線はフラクタルとなる[73]。言い換えると、c ≠ 0 での原点 0 を出発する軌道が不動点に吸引されるとき、 JP は微分不可能な単純閉曲線である[58]。これらのジュリア集合はマンデルブロ集合上では大きなハート形領域に対応する[74]。このハート形の領域は、カージオイド c = 1/2eiθ − 1/4e2iθ で与えられる[75]。この領域内部にある c では、Pc は吸引的不動点を持ち、JP は単純閉曲線である[75][76]。
Pc の吸引周期点に対応する MP の各領域。緑の数値がその c における周期 次に、原点 0 を出発する軌道が有界の場合で、周期点に吸引される場合を考える。このときの JP も連結だが、複雑な集合となる[58]。この場合の JP は無限個の単純閉曲線を含み得るようになり、さらに、それら単純閉曲線は互いに接し合う[77][61]。例えば、0 を出発する軌道が 2 周期点に吸引される場合の JP は、c が |c +1| < 1/4 を満たすときに存在する[75][61]。これは、マンデルブロ集合上でハート形領域に左隣で接するもっとも大きな円の領域に相当する[75][61]。周期 k > 2 の場合は次数が増えて具体的な領域の計算は困難となるが、その場合も同様にマンデルブロ集合上に単位円板と同相な領域として存在している[78]。
また、原点 0 を出発する軌道が、ある反復から先は周期軌道になる場合もある[79]。すなわち、ある自然数 m, n が存在し、Pcm(0) = Pcm + n(0) が満たされる[80]。 このように、それ自体は周期点ではないが、ある反復から先は周期点になる点を前周期点などという[81]。0 が前周期点のとき、JP は植物の枝のような見た目をした樹形突起(デンドライト)となる[79][82]。このときの c はミシュレヴィチ点と呼ばれ、マンデルブロ集合の境界、糸状の部分に存在する[83][84]。
そして、原点 0 を出発する軌道が無限遠点 ∞ に吸引される場合、すなわち c がマンデルブロ集合 MP から外れた値のとき、JP はカントール集合(ファトゥ塵)となる[58][79][85]。カントール集合となった JP は塵や雲のような見た目の点の集まりだが、c が MP から離れるほど JP はよりまばらな塵になっていく[85]。具体的な c の範囲としては |c| > 2 のとき、k → ∞ のとき P k(0) → ∞ で、JP はカントール集合であることが分かる[86]。言い換えると MP は {|c| ≤ 2} 内のコンパクト集合である[87]。
- 2次函数のジュリア集合の例
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c = −0.1 + 0.1i 、1つの単純閉曲線、擬円
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c = −0.75 、吸引2周期点を持つ場合
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c = −1 、吸引2周期点を持つ場合
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c = −0.123 + 0.745i 、吸引3周期点を持つ場合、ドゥアディのウサギ[88]
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c = i 、樹形突起(デンドライト)
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c = 0.4 + 0.3i 、カントール集合(ファトゥ塵)
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c = −0.74543 + 0.11301i 、マンデルブロ集合の外側だが境界に近い場合[89]
コンピュータによる描写
ジュリア集合は、ガストン・ジュリアとピエール・ファトゥによって第一次世界大戦中に研究されていたが、当時はそれを描写できるコンピュータグラフィックスが無かったこともあり、研究が広がりを見せることはなかった[90]。その後、強力な計算機が使えるようになってジュリア集合やマンデルブロ集合の形が見えてくるようになると、その複雑な形の構造を解明することに数学者らの目を向けさせ、複素力学系の研究が再興した[91]。
ジュリア集合の描写には、ジュリア集合の性質を利用して以下のような2種類の方法がある[92][93]。ただし、どちらの方法でもうまく描写できないこともある[92][94]。満足のいく描写を得ることが困難なジュリア集合も数多い[92]。描写のプログラムには、対象の複素力学系の性質に応じた工夫も必要となる[95]。
ジュリア集合を描写する1つ目の方法は、例外点を除く点を初期値とし、その後方軌道を計算する手法がある[96]。初期点は、実質的にはほとんど勝手に選んでよい[97]。この後方軌道はジュリア集合に近づいていくので、初めの数回の反復を除いて後方軌道はジュリア集合と区別がつかないような点を通る[97]。この手法は、上記の
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