ジョン・テイラー (陸上選手)
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獲得メダル | ||
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![]() ジョン・テイラー |
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陸上競技 | ||
オリンピック | ||
金 | 1908 ロンドン | 男子 メドレーリレー |

ジョン・バクスター・テイラーJr.(John Baxter Taylor, Jr.、1882年11月3日 - 1908年12月2日)は、アメリカ合衆国の陸上競技選手。20世紀初頭を代表する400mの選手であり、1908年ロンドンオリンピックでは金メダルを獲得。アフリカ系アメリカ人として初のオリンピック金メダリストとなった。
経歴
テイラーは、1908年ロンドンオリンピックではまず400m走に出場。予選で50.8秒、準決勝を49.8秒で決勝進出を決めた。決勝は3人のアメリカ選手と1人のイギリス選手の4人で争われた。しかし、テイラーは4位という結果に終わった。しかし、このレースはアメリカのジョン・カーペンターがイギリスのウィンダム・ハルスウェルの走路を妨害したとして失格と判定され、2日後に決勝をやり直すこととなった。これにアメリカは抗議し、テイラーはもう一人のアメリカ選手のウィリアム・ロビンスとともにやり直しのレースに出場しなかった。結局、このレースはハルスウェルが1人で走り、金メダルとなった。テイラーは400mのほかに、この大会でしか行われなかったメドレーリレーに出場(200m/200m/400m/800m)。テイラーは第3走者として400mのパートを受け持ち、ウィリアム・ハミルトン、ネイト・カートメル、メルビン・シェパードとともに金メダルを獲得した。
テイラーは、1908年にペンシルベニア大学の獣医学部を卒業。しかし、同年、彼は獣医となる前に腸チフスのため、この世を去った。
関連項目
- ジョージ・ポージ(アフリカ系アメリカ人初のオリンピックメダリスト)
- ウィリアム・デハート・ハバード(アフリカ系アメリカ人初のオリンピック個人種目金メダリスト)
外部リンク
- ジョン・テイラー - Olympedia(英語)
「John Taylor (athlete)」の例文・使い方・用例・文例
- John AbrahamsとTina Linがアンケートデータの収集担当で、この作業は5 月5 日までに終わるでしょう。
- 今日は、皆さんをJohn Driscoll展にご案内する予定で、この展覧会は当美術館の30周年を記念して行われているものです。
- John Smith という名の英国人だ
- そんな英語を使うと Johnson が泣く
- 限定属格の例として、『John's mother(ジョンの母親)』における『John's(ジョンの)』がある
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- 『who visits frequently(その人はしばしば訪れる)』は、『John, who visits frequently, is ill(しばしば訪れるジョンは病気である)』の文の関係節である
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