AOR路線から解散までとは? わかりやすく解説

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AOR路線から解散まで(1976年 - 1980年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 21:52 UTC 版)

ストローブス」の記事における「AOR路線から解散まで(1976年 - 1980年)」の解説

大手ポリドール・レコード傘下のレーベルOyster」に移籍10thアルバム『ディープ・カッツ』(1976年)11thアルバム『バーニング・フォー・ユー』(1977年)の2作を発表。再びメロトロン主軸路線復活させた。また、曲調当時流行していたAORサウンド接近するシングルカット意識した曲が増えモダンなポップスタイルプログレッシブ・ロック共存する態となった。しかし、この頃からパンク/ニュー・ウェイヴポップカルチャー台頭して既存音楽終息向かった時代であり、アルバムセールスの難し時期続いた1977年大手レーベルアリスタ・レコード」に移り、12thアルバム『デッドラインズ』をリリース出世アルバムからドラム担当していたロッド・クームズが脱退プログレッシブ・ロック影響薄れシングルヒット狙いの曲が多くなったが、このアルバム販売不振喫する。だがバンド意欲的に次作アルバムHeartbreak Hill』の制作進め録音終わっていたが、バンド中核であるデイヴ・ランバートがカズンズ衝突し脱退また、アリスタ・レコードからも契約解消されてしまい、作品お蔵入りとなる。 迎えた1980年今度バンドリーダーのデイヴ・カズンズが脱退してしまい、ストローブス解散した

※この「AOR路線から解散まで(1976年 - 1980年)」の解説は、「ストローブス」の解説の一部です。
「AOR路線から解散まで(1976年 - 1980年)」を含む「ストローブス」の記事については、「ストローブス」の概要を参照ください。

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