2000年代以降/衰退期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/20 08:48 UTC 版)
「ギャングスタ・ラップ」の記事における「2000年代以降/衰退期」の解説
2000年代になっても南部ラップやチカーノ・ラップは、一定の人気を保ってきた。だが、2000年代で最も活躍が「目まぐるしい」ギャングスタラッパーと言えば、50セントだった。しかし2004年以降になると、リル・ジョン等の登場により、電子音楽を多用した次世代ヒップホップミュージック、いわゆる「クランク」と呼ばれた新たなラップムーヴメントが発生し、1990年代当時の勢いを失い始める。それに加えて、オプラ・ウィンフリー、ビル・コスビー、スパイク・リー等のアメリカを代表する黒人エンターテイナー達による「ギャングスタ・ラップの攻撃性」に対する大々的な批判も、その衰退傾向に拍車を掛けている。 反社会的な内容を含むギャングスタ・ラップは長年、各方面から批判を受け続けている。そのため、これらのCDのジャケットには「ペアレンタル・アドバイザリー」の表示が必須であり、アメリカだけでなく他の英語圏の国々でも未成年への販売を拒否する店舗がある。ギャングスタラップに見られる暴力性は、アフリカ系アメリカ人に対して人種差別を行う白人優位社会への抵抗という見方も存在する。2020年には警察官による黒人殺害事件に対する抗議行動として、ブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がった。
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