1970年代の「互換機市場」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/04 19:56 UTC 版)
「Altair 8800」の記事における「1970年代の「互換機市場」」の解説
Altairの最小機能モデルは現在のCPU評価キット程度の機能しか持たず、それ単体では具体的な業務に従事させることは困難であった。しかしながらAltairBUS(S-100バス)で各種基板を接続する方式をとっていたため、拡張ボードで機能をグレードアップすることが可能であった。 このような用途にパーツを供給したり、互換機を発売するメーカーも現れ、「S-100バス互換機」市場が形成された。 ユーザーにとって、Altairは具体的にはS-100バスによって自在な拡張を可能とする「自作コンピュータ」の中核コンポーネントとして存在していた。これは、現在のPC-AT互換機に例えるなら、本体(筐体)とマザーボード、CPUのみの状態に近い。 ユーザーはこれにメモリやシリアルカード(音響カプラやプリンタ以外にも、シリアルコンソールを接続して対話的に操作する)の他、ST-506等の各種インタフェースを増設、フロッピーディスクドライブやハードディスクドライブ等を接続し、CP/MやBASICなどを利用して実務や開発などを行っていた。 また、AltairのCPUやメモリも単にS-100バス上のカードとして実装されているため、CPUをより高速・高機能なZ80に交換したり、メモリを64KBまでフル増設する等して、自在に拡張することができた。
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