1916年8月の出撃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 03:17 UTC 版)
「ヴェストファーレン (戦艦)」の記事における「1916年8月の出撃」の解説
8月18日から22日にはまた別の艦隊出撃があった。このときはビーティの巡洋艦部隊を誘い出して撃滅することを目的として第1偵察群の巡洋戦艦がサンダーランドを砲撃する予定であった。4隻の巡洋戦艦のうち戦闘可能なのは2隻のみであったため、作戦のため3隻の戦艦マルクグラーフ、グローサー・クルフュルスト、バイエルンが偵察群に配属された。大洋艦隊(ヴェストファーレンは戦列の後ろに位置していた)は、後方からついて行き支援を行う予定であった。しかし、8月19日6時にヴェストファーレンはテルスヘリングの北およそ55海里でイギリス潜水艦E23の雷撃を受けた。約800トンの浸水があったが水雷隔壁は浸水を抑えた。損傷したヴェストファーレンを港まで護送するため水雷艇3隻が艦隊から派遣された。ヴェストファーレンは14ノットで帰還した。イギリス側はドイツの計画を察知しておりグランドフリートが出撃。その接近を知ったシェアはグランドフリートとの交戦を避け撤収した。ヴェストファーレンの修理には9月26日まで要した。 修理後ヴェストファーレンは短期間訓練のためバルト海へ行き、北海には10月4日に戻った。10月19、20日、艦隊は出撃しドッガーバンクまで進出した。1917年の大半はヴェストファーレンは港にとどまった。バルト海でのアルビオン作戦にも参加しなかったが、あるかもしれないイギリス軍の侵攻を阻止するためオーベンロー沖に配置されていた。
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