1900年 - 1919年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/17 07:12 UTC 版)
「戦前・戦中期日本の言論弾圧の年表」の記事における「1900年 - 1919年」の解説
第一段階。1900年制定の治安警察法により結社の自由が弾圧され、1910年から1911年に起こった大逆事件で無政府主義者が弾圧・粛清された時期。この時期には、東京帝国大学の憲法学の教授である上杉慎吉が天皇主権説を主張し、天皇機関説を主張した美濃部達吉を攻撃した。また、平沼騏一郎が検事として大逆事件で幸徳秋水らの死刑を求刑した。その一方で、政府は幸徳の遺作である『基督抹殺論』の刊行を認め、『基督抹殺論』は政府や軍部による反キリスト教政策のために利用された。
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1900年3月:治安警察法制定。 1908年:赤旗事件 1909年:新聞紙法を制定し、1897年の新聞紙条例改正で廃止になった制限規定が事実上の復活。 1910年:大逆事件勃発。 1911年:内務省に特高警察が設置される。 1911年:南北朝正閏問題。喜田貞吉を停職処分。幸徳秋水の処刑。幸徳の遺作『基督抹殺論』の刊行。 1918年:白虹事件
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