降水過程解明の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/02 23:28 UTC 版)
現在も通用している降水過程のメカニズムが解明されたのは、20世紀初頭のことである。ベルシェロン・フィンデセンの説(Bergeron Findeisen process)または氷晶説などと呼ばれており、現在で言う「冷たい雨」の雨粒の形成メカニズムを明らかにした。 ドイツの地球物理学者・気象学者アルフレート・ヴェーゲナーは、水が0℃以下であっても凍らない過冷却の状態が存在すること(過冷却現象自体はそれ以前に同じくドイツのガブリエル・ファーレンハイトが発見していた)、氷晶の周囲よりも水滴の周囲のほうが飽和水蒸気圧が高いこと、氷晶は空気中の水蒸気を引き寄せること、といった説を1911年に発表した。 これを証明したのがスウェーデンの気象学者トール・ベルシェロンである。彼は、霧に包まれたモミの森で、気温0度以下のときは木々に霧氷ができて木々の間だけは霧が晴れ、氷気温0度以上のときは木々の間にも霧が入り込む事を発見した。これは、気温0度以下のときに木々の間に入り込む霧は過冷却で、飽和水蒸気圧の差によって霧が蒸発して霧氷の成長に使われ、そのせいで森だけ霧が晴れたからだと考え、1933年に雲の中の水滴や氷晶(雲粒)の形成に関する説を発表した。そして、ドイツの物理学者フィンデセン(Findeisen)はこの説を改良して、雨粒への成長過程を説明した。 その後、氷晶にならずに成長する雨粒があることが分かり、これまでの説を「冷たい雨」、氷晶にならない雨を「暖かい雨」、として区別するようになった。「暖かい雨」のメカニズムを最初に論文で発表したのは、アメリカのウッドコック (Woodcock) である。彼は海上の空気には海塩粒子(サイズが大きいエアロゾル)が存在すると考え、これを観測して、他の研究者との共同研究も助けとなって、雨粒の成長との関係を明らかにした。
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