都城市立富吉小学校
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都城市立富吉小学校 | |
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北緯31度46分08.4秒 東経131度08分57.5秒 / 北緯31.769000度 東経131.149306度座標: 北緯31度46分08.4秒 東経131度08分57.5秒 / 北緯31.769000度 東経131.149306度 | |
過去の名称 | 山之口尋常高等小学校富吉分教場 山之口村山之口国民学校富吉分教場 山之口村立山之口小学校富吉分教場 山之口村立富吉小学校 山之口町立富吉小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 都城市 |
設立年月日 | 【分教場設置】 1925年(大正14年)6月7日 【独立】 1953年(昭和28年)4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
所在地 | 〒889-1801 |
外部リンク | 公式サイト |
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都城市立富吉小学校(みやこのじょうしりつ とみよししょうがっこう)は、宮崎県都城市山之口町富吉にある公立の小学校。
概要
- 歴史
- 1925年(大正14年)に「山之口尋常高等小学校 富吉分教場」として創立。1953年(昭和28年)に独立。現校名となったのは2006年(平成18年)。独立した1953年(昭和28年)を創立年としており、2023年(令和5年)に創立70周年を迎えた。
- 校章
- 中央に校名の略称である「富小」の文字(縦書き)を配している。
- 校歌
- 1963年(昭和38年)に独立10周年を記念して制定。作詞は長嶺宏、作曲は海老原直による。歌詞は3番まであり、3番の歌詞中に校名の「富吉小」が登場する。
- 通学区域[1]
- 都城市山之口町のうち、「富吉地区(下富吉地区を除く)」。
- 中学校区は都城市立山之口中学校。
沿革
- 1925年(大正14年)6月7日 - 「山之口尋常高等小学校 富吉分教場」が設置される。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により、「山之口村山之口国民学校 富吉分教場」に改称。尋常科を初等科に改める。
- 1945年(昭和20年)9月 - 台風により、校舎が倒壊。
- 1946年(昭和21年)11月 - 仮校舎が完成。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制小学校「山之口村立山之口小学校 富吉分教場」に改組・改称。
- 1951年(昭和26年)4月 - 木造新校舎が完成。
- 1953年(昭和28年)4月1日 - 「山之口村立富吉小学校」として独立。
- 1956年(昭和31年)5月 - 校舎を増築。
- 1960年(昭和35年)8月 - 運動場を拡張。
- 1961年(昭和36年)9月 - 運動場を拡張。
- 1962年(昭和37年)2月 - 学校給食を開始。
- 1963年(昭和38年)1月 - 独立10周年を記念して、校歌を制定。
- 1964年(昭和39年)11月3日 - 町制施行により、「山之口町立富吉小学校」に改称。
- 1966年(昭和41年)10月 - プールが完成。
- 1969年(昭和44年)12月 - 体育館が完成。
- 1971年(昭和46年)9月 - 校旗を制定。
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- 2006年(平成18年)1月1日 - 都城市との合併により、「都城市立富吉小学校」(現校名)に改称。
交通アクセス
- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りの幹線道路
周辺
- 弥五郎どん交流活性化センター(弥五郎どんの館)
- 的野農村公園
- 上富吉地区体育館
- 山之口あじさい公園(松尾城跡)
- 的野正八幡宮
- 山之口畜産総合センター
脚注
- ^ 都城市立小学校通学区域を一覧で紹介します - 都城市ウェブサイト
参考文献
関連項目
外部リンク
- 都城市立富吉小学校のページへのリンク