超原子価
超原子価化合物もしくは超原子価分子(ちょうげんしかぶんし、英: hypervalent molecule)とは、形式的に原子価殻に8つ以上の電子を持つ典型元素を含有する化合物、分子のことである。また、このような状態の典型元素は超原子価状態である、超原子価を取る、などと言われる。五塩化リン (超原子価分子における結合
超原子価分子の幾何構造の初期考察は、原子結合についてのVSEPR模型によってうまく説明されていた親しみのある取り決めに戻る。それに基づいて、AB5ならびにAB6型分子はそれぞれ三角両錐ならびに八面体構造を取る。しかしながら、観察される結合角、結合長、ルイスのオクテット則の見掛けの違反を説明するため、いくつかの代替模型が提唱されてきた。
1950年代、超原子価結合の拡張原子価殻表現が、5配位および6配位分子の中心原子がsおよびp原子軌道に加えてd原子軌道を利用している分子構造を説明するために提示された。しかしながら、ab initio計算の研究における進歩は、超原子価結合へのd軌道の寄与はこの結合の性質を描写するには小さすぎることを明らかにしており、この描写ははるかに重要性の度合いが低いと現在は見なされている[5]。6配位SF6の場合は、d軌道はS-F結合形成に関与していないが、硫黄原子とフッ素原子間の電荷移動および適切な共鳴構造が超原子価を説明できることが示されている(下記参照)。
オクテット則のさらなる改良が超原子価結合におけるイオン結合性を含めるために試みられてきた。これらの改良の一つとして、1951年に、定性的な分子軌道を使って超原子価結合を描写する三中心四電子(3c-4e)結合の概念が提唱された。3c-4e結合は中心原子上のp原子軌道と中心原子の両側の2つの配位子のそれぞれからの原子軌道との組み合わせによって与えられる3つの分子軌道として描写される。2つの電子対の1つのみが中心原子との結合に関与する分子軌道を占めており、2つ目の電子対は非結合性で、2つの配位子からの原子軌道のみから成る分子軌道を占めている。オクテット則が保たれるこの模型はMusherにも支持された[3] 。

分子軌道理論
超原子価分子の完全な描写は、量子力学的手法を使う分子軌道理論の結果から生じる。例えば、六フッ化硫黄におけるLCAO(原子軌道の線形結合)は、1つの硫黄3s軌道、3つの硫黄3p軌道、フッ素軌道の6つの八面体構造対称適合線形結合(SALC)を基底関数系に取り、合計10個の分子軌道が得られ(最低エネルギーの完全に占有された4つの結合性MO、中間的エネルギーの完全に占有された2つの非結合性MO、最も高いエネルギーを持つ空の4つの反結合性MO)、12個の価電子全てが占めるだけの軌道が得られる。これは、フッ素のような電気的陰性の配位原子を含むSX6分子についてのみ安定な配置であり、これによってなぜSH6が形成されないかが説明される。この結合モデルでは、2つの非結合性MO(1eg)は6つ全てのフッ素原子上に等しく局在化している。
原子価結合理論
配位子が中心の超原子価原子よりも電気的に陰性である超原子価化合物では、共鳴構造はわずか4つの共有電子対結合を使って描くことができ、オクテット則に従うイオン結合が得られる。例えば、五フッ化リン(PF5)では、5つの共鳴構造がそれぞれ4つの共有結合と1つのイオン結合(アキシアル結合におけるイオン性により重きを置く)を使って生成できる。これはオクテット則を満たし、観測される三角両錐分子構造とエクアトリアル位(154 pm)よりもアキシアル位の結合長(158 pm)が長い事実を説明する[9]。

六フッ化硫黄といった6配位分子では、6つの結合は同じ結合長である。上述した合理化が適応でき、イオン性がそれぞれの硫黄-フッ素結合に等しく分布するような、4つの共有結合と2つのイオン結合を持つ15の共鳴構造が生成される。

スピン結合原子価結合理論がジアゾメタンに適用され、得られた軌道解析が中心の窒素が5つの共有構造を持つ化学構造の観点から解釈された。

この結果、著者らは以下のような興味深い結論に至った[10]。
我々皆が学部生の時に教わったことに反して、窒素原子は実際には5つの共有結合を形成しており、d軌道はこの状態に何の関係もない。
脚注
- ^ M. Fugel, L. A. Malaspina, R. Pal, S. P. Thomas, M. W. Shi, M. A. Spackman, K. Sugimoto and S. Grabowsky (2019). “Revisiting a Historycal Concept by Using Quantum Crystallography: Are Phosphate, Sulfate and Perchlorate Anions Hypervalent?”. Chem. Eur. J. 25: 6523-6532. doi:10.1002/chem.201806247.
- ^ a b Musher, J. I. (1969). “The Chemistry of Hypervalent Molecules”. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 8: 54-68. doi:10.1002/anie.196900541. (Errata: doi:10.1002/anie.196901311)
- ^ a b c d Jensen, W. (2006). “The Origin of the Term "Hypervalent"”. J. Chem. Ed. 83 (12): 1751. Bibcode: 2006JChEd..83.1751J. doi:10.1021/ed083p1751. | Link
- ^ Kin-ya Akiba. Chemistry of Hypervalent Compounds. New York: Wiley VCH. ISBN 0-471-24019-2
- ^ a b Magnusson, E. (1990). “Hypercoordinate molecules of second-row elements: d functions or d orbitals?”. J. Am. Chem. Soc. 112: 7940–7951. doi:10.1021/ja00178a014.
- ^ Gillespie, R. J.; Silvi, B. The octet rule and hypervalence: two misunderstood concepts. Coord. Chem. Rev. 2002, 233-234, 53-62. doi:10.1016/S0010-8545(02)00102-9
- ^ Predicting the Stability of Hypervalent Molecules Mitchell, Tracy A.; Finocchio, Debbie; Kua, Jeremy. J. Chem. Educ. 2007, 84, 629. Link
- ^ Durrant, M. C. (2015). “A quantitative definition of hypervalency”. Chemical Science 6: 6614–6623. doi:10.1039/C5SC02076J.
- ^ Curnow, Owen J. (1998). “A Simple Qualitative Molecular-Orbital/Valence-Bond Description of the Bonding in Main Group "Hypervalent" Molecules”. Journal of Chemical Education 75 (7): 910–915. Bibcode: 1998JChEd..75..910C. doi:10.1021/ed075p910.
- ^ Gerratt, Joe (1997). “Modern valence bond theory”. Chemical Society Reviews 26 (2): 87–100. doi:10.1039/CS9972600087.
関連項目
超原子価分子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 06:22 UTC 版)
孤立電子対を持つ超原子価分子では、結合スキームは超原子価要素と等原子価結合性混成から成る要素に分解することができる。超原子価要素はp軌道を使用した共鳴結合から成る。 等原子価結合性混成軌道の数(赤色)21-超原子価要素直線形軸(1つのp軌道)シーソー形 T字形 直線形 平面四角形赤道(2つのp軌道)- 四角錐形 平面四角形 平面五角形赤道(2つのp軌道)- 五角錐形 平面五角形
※この「超原子価分子」の解説は、「混成軌道」の解説の一部です。
「超原子価分子」を含む「混成軌道」の記事については、「混成軌道」の概要を参照ください。
- 超原子価分子のページへのリンク