購入と改装
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 05:58 UTC 版)
1928年(昭和3年)5月、陸軍運輸部は3000総トン級の汽船1隻の購入を白川義則陸軍大臣に申請したが認められなかった。しかし、翌1929年(昭和4年)3月にも、陸軍運輸部は同様の申請を行った。当時の日本陸軍は、第5師団に上陸戦を任務とする工兵隊(丁工兵)を設けるなど上陸戦の研究への関心が高まっていた。それまで陸軍運輸部では臨時用船契約の形で商船を借りて海上輸送に使用していたが、歩兵の2期に分けた入営が開始されて必要な用船期間が延びること、隠密迅速な海上輸送に便利なこと、研究や上陸訓練に有用であること、海運不況で船の価格が下がっていることなどを考慮して独自の輸送船保有を計画していた。宇垣一成陸軍大臣は申請を認可し、陸軍省は宗像商事から「宗安丸」を購入、8月26日付で陸軍省へ移転登記、9月11日付で「宇品丸」と改名登録された。名祖の宇品は陸軍運輸部の所在地で、日本陸軍の船舶部門の中心拠点であった。 「宇品丸」は軍隊輸送船として改装工事を受けた。既設の12トンデリックに加えて25トンデリックを装備し、装甲艇や戦車などの重装備の吊上げが可能となっている。大発動艇や小発動艇などの上陸用舟艇の搭載もできたが、後の陸軍特殊船のような特殊な舟艇母船機能は有しない。1929年の図面では、第2船倉口上に大発動艇1隻と偵察艇1隻を横置きし、第1・第4船倉口脇の上甲板と船央楼上ボートデッキの各両舷にダビット(英語版)で小発動艇計6隻を吊るしており、舟艇に移乗するための舷梯と縄梯子が両舷に設置されている。
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