象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば
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象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(しょうちょうとしてのおつとめについてのてんのうへいかのおことば)とは、2016年(平成28年)8月8日15時、第125代天皇の明仁が日本国民向けに発した「おことば」であり、自身の加齢に伴い職務困難となりつつあることを案じたものである。
本項では便宜上宮内庁ウェブサイト[1]に掲載されたタイトルを用いる。
概説
2016年7月13日にNHKが『NHKニュース7』(NHK総合テレビ)冒頭において「天皇が数年内の生前退位(当時の皇太子徳仁親王への譲位)の意向を示していることが宮内庁関係者への取材で分かった」とスクープした。宮内庁側は、(報道されたようなことは)「あり得ない」「事実とは異なる」等といったように否定をしたが[2][3]、5月半ばから風岡典之宮内庁長官や河相周夫侍従長らの会合で検討が進められてきていたとされ[4]、8月4日に天皇自身による「おことば」が放送されることが発表された[3]。
7日に皇居宮殿・表御座所(執務棟)において皇后美智子の立ち合いの下、「おことば」の朗読を収録し、翌8日15時をもって解禁、地上波テレビ各局で急遽編成された特別番組内で放送された[5]。
全文は以下の通り[6]。
戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。
本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。
即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。
そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。
私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この
間 私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行 って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井 の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い
殯 の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀 に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。始めにも述べましたように,憲法の
国民の理解を得られることを,切に願っています。 — 明仁下 ,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。
「おことば」の中で天皇は「憲法上の制約により、具体的な制度についての言及は避ける」と述べていたが、放送に至る経緯もあり「加齢による体力の低下から、象徴としての職務を勤め続けることが困難になりつつあり、そのため、生前退位の意向をにじませる」と報道される[7][8][9]。そのほか、「おことば」では摂政を置くことには否定的であり、身体不良時の社会の自粛傾向や長期の葬儀関連行事による負担にも触れられており、それらも含め、象徴天皇の務めに対する国民の理解を求めている。
備考
- 天皇の生前退位(現天皇の退位および次期皇位継承者への譲位)は 江戸時代後期にあたる1817年5月7日(旧暦:文化14年3月22日)の光格天皇(仁孝天皇への譲位)以来行われていない[10]。現行の「皇室典範」には天皇が退位する規定はなく、既存の君主制にも倣い、天皇は即位したら崩御(死去)するまで天皇の位にある「終身制」が採用されているため、生前退位を実現するには皇室典範の改正や特別法の制定などの法整備が必要である[信頼性要検証][11][8][9]。しかしながら、日本国憲法では「天皇は国政に関する一切の権能を有さない」(第4条)と規定されているため、天皇が退位の意向を明確にし、法整備を求めることは憲法に違反する懸念があった[11]。
- 第125代天皇明仁が国民を対象とした「おことば」を発表したのは、2011年(平成23年)の「東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば」に続いて2回目[12]。宮内庁関係者は、ビデオメッセージという形式を選択した理由について「天皇陛下のお気持ちを国民に分かりやすく正確に伝える」ためとしている[11]。発表後、宮内庁ウェブサイトに英語訳(Message from His Majesty The Emperor)を含めた全文が掲載され、ビデオメッセージも公開された[1]。
- 同年12月23日の83歳の天皇誕生日に伴う記者会見で天皇は「多くの人々が耳を傾け、親身に考えてくれている」と感謝の意を示し、おことばを「内閣とも相談しながら表明した」と述べた[13]。
- 公表当時に前宮内庁長官だった羽毛田信吾によると、「6年前の平成22年(2010年)の『参与会議』の席で、すでに第125代天皇の『譲位』についての議論は始まっていた」という[14]。
- 天皇自身によるビデオメッセージによる公表という具体的案に関しては、2016年5月半ばから風岡典之宮内庁長官や河相周夫侍従長らの会合で検討が進められてきたとされる[15]。
経緯
- 2016年(平成28年)
- 7月13日 - 『NHKニュース7』が「今上天皇(公式呼称は、天皇陛下)が数年内の生前退位の意向を示していることが宮内庁関係者への取材で分かった」と報道[16][17]。しかし宮内庁側は、(報道されたようなことは)「あり得ない」「事実とは異なる」等と否定する[2][3]。
- 8月4日 - 「生前退位」に関する気持ちを自身が述べた映像を録画し、8月8日にテレビ放送・インターネットを通じて発表されることが判明[3]。
- 8月8日 - 15時にビデオメッセージを公表、テレビ放送された[18]。
- 9月23日 - 内閣官房を事務局とする「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の開催を決定[19]。詳細は同項目記事参照。
- 10月1日 - 西ヶ廣渉宮務主管が退任。同年7月13日の報道の情報元と特定され官邸により更迭されたと一部報道で報じられる[20][21]。
- 2017年(平成29年)
- 6月16日 - 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」制定。詳細は同項目記事参照。
社会の反応
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- 皇室とも関係が深い王室のあるイギリスでは、BBCが8日に「天皇の気持ち」や「皇室典範の改正問題」に触れながら「生前退位の意思を表明」などと速報し、関心の高さを示した。また、生前退位に理解を示す専門家もいた[22]。
- 学習院初等科からの同級生で経済学者の関根友彦(元ヨーク大学教授)は、毎日新聞の取材に対し「私を含め同窓生はみな、仕事を辞めて引退しているのに、陛下だけ忙しく公務を続けているので、心苦しく思っていた」とした。また、「『おことば』の数か月前に行われた初等科の同窓会では、参加者皆で『陛下が一番お元気なのではないか』と話していた」という[23]。
- 日本国憲法第4条第1項は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定しており、「『おことば』を受けての法改正は、天皇の政治関与を禁じた憲法の象徴天皇の規定の趣旨から逸脱する」という専門家の指摘がある[24]。
参考文献
出典
- ^ a b “象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば”. 宮内庁 (2016年8月8日). 2017年1月31日閲覧。
- ^ a b “宮内庁次長は全面否定「報道の事実一切ない」 生前退位” (2016年7月13日). 2016年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧。
- ^ a b c d “天皇陛下、ビデオで「お気持ち」…生前退位巡り” (2016年8月4日). 2016年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧。
- ^ 5月から検討加速 宮内庁幹部ら5人 毎日新聞 2016年7月14日15時00分
- ^ “天皇陛下きょう「お気持ち」表明、テレ東・MX含む地上波全局放送の異例体制”. マイナビニュース. (2016年8月8日) 2017年1月31日閲覧。
- ^ “象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日)”. 宮内庁. 2025年3月11日閲覧。
- ^ 天皇陛下 お気持ち表明 象徴の務め「難しくなる」 毎日新聞 2016年8月8日
- ^ a b “【産経新聞号外】天皇陛下が「生前退位」に強いご意向(1ページ)” (PDF). 産経新聞. (2016年8月8日) 2017年2月2日閲覧。
- ^ a b “【産経新聞号外】天皇陛下が「生前退位」に強いご意向(2ページ)” (PDF). 産経新聞. (2016年8月8日) 2017年5月17日閲覧。
- ^ 坂東太郎 (2016年8月8日). “「天皇の生前退位」皇室典範の規定は? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語”. THE PAGE. ワードリーフ株式会社. 2017年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月2日閲覧。
- ^ a b c “天皇陛下の「お気持ち」、8日午後3時公表”. 日本経済新聞. (2016年8月5日) 2017年2月2日閲覧。
- ^ 天皇陛下 午後3時からお気持ち表明 NHK 2016年8月8日(インターネットアーカイブ)
- ^ “天皇陛下お誕生日に際し(平成28年)”. 宮内庁. 2017年5月25日閲覧。
- ^ “実は6年前から考えていた、天皇「生前譲位」の真相”. BEST TIMES (2017年1月17日). 2017年5月26日閲覧。
- ^ 「5月から検討加速 宮内庁幹部ら5人」毎日新聞2016年7月14日 15時00分
- ^ NHKニュース7 「天皇陛下“生前退位”の意向示される」関連 - NHKクロニクル
- ^ “「退位」報道のタイミング なぜこの時期?意図は?”. J-CAST (2016年7月14日). 2022年2月20日閲覧。
- ^ ニュース 「天皇陛下お気持ち表明」 - NHKクロニクル
- ^ 天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議 首相官邸
- ^ “官邸が警察官僚を次々に配置? “宮内庁改革”深く静かに進行中”. 毎日新聞 (2018年4月4日). 2018年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧。
- ^ “NHKの「生前退位」スクープ 手引きの宮内庁幹部を安倍官邸が更迭”. デイリー新潮 (2016年10月16日). 2022年2月20日閲覧。
- ^ 天皇陛下お気持ち 海外から高い関心 生前退位に理解多く 毎日新聞 2016年8月8日
- ^ “天皇陛下「退位」意向 驚きと共感と 公務多忙極め(その2止)”. 毎日新聞 (2016年7月14日). 2018年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月20日閲覧。
- ^ 「皇位の安定性に懸念 麗沢大教授 八木秀次氏」読売新聞 2016年10月21日
関連項目
外部リンク
- 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日) - 宮内庁(動画閲覧可。メッセージを文字で読むこともできる)
- 気持ち表明 退位の意向強くにじむ - NHK放送史
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