街道上の旧跡とは? わかりやすく解説

街道上の旧跡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/02 07:40 UTC 版)

豊後街道」の記事における「街道上の旧跡」の解説

所々石畳杉並木などが残されており、熊本県内の5ヶ所(4.38 km)が国の史跡指定されている。また、二重の峠 - 車帰滝室坂大利 - 山鹿平石石畳の4ヶ所が)「豊後肥後街道-鶴崎路」として歴史の道百選選定されている。 二里数木(熊本県菊池郡菊陽町街道一里ごとに設けられ一里塚植えられた木で、豊後街道では唯一現存するもの。他に、一里木は九州産交バス停留所三里木JR九州豊肥本線三里木駅等にその名が残っている。 杉並木(熊本県菊池郡菊陽町道路両端土手設けて植え人馬の通る部分周囲より低くした凹道で、人馬が通る部分道幅30 - 40メートルにもおよぶ。侵入した敵を道の両側から攻撃することができ、並木切り倒すことにより交通遮断できるという戦略的な意味を持つ。現在は、杉並木の間熊本県道337号熊本菊陽線旧国道57号)と豊肥本線とが併走している。「日本の道100選」のひとつ。 清正公道(せいしょこどう、熊本県菊池郡大津町阿蘇市(旧・阿蘇郡阿蘇町)) 二重峠(ふたえのとうげ、熊本県阿蘇市(旧・阿蘇郡阿蘇町)) 今市石畳大分県大分市(旧・大分郡野津原町))今市豊後街道宿場町として栄え本陣脇本陣茶屋代官所造酒屋軒を並べていた。現在は、延長660メートルわたって道幅8メートルのうち2.1メートル石畳残っている。外敵侵入を防ぐために、街道は街の中心部2度鍵形折り曲げられクランクになっている1972年昭和47年)に大分県史跡指定されている。 清正公道(熊本県阿蘇市豊後街道二重峠の石畳からの阿蘇谷と阿蘇五岳熊本県阿蘇市今市宿信玄曲がり外敵侵入を防ぐために、街道は街の中心部2度鍵形折り曲げられクランクになっている大分県大分市)。

※この「街道上の旧跡」の解説は、「豊後街道」の解説の一部です。
「街道上の旧跡」を含む「豊後街道」の記事については、「豊後街道」の概要を参照ください。

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