第二章 防空壕に入らない女 - 昭和二十年六月 -
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「阪堺電車177号の追憶」の記事における「第二章 防空壕に入らない女 - 昭和二十年六月 -」の解説
1945年(昭和20年)6月のある日、学徒動員で阪堺電車の運転士となった女学生の井ノ口雛子は、177号を運転している最中に北畠で空襲警報のサイレンが聞こえたため、緊急停止して乗客を防空壕へ誘導した。ところが一人の女性が防空壕に入るのを拒否して駆け出して行ってしまったため、雛子は女性の後を追い、寺の裏手にある墓地の奥の土塀まで連れて行った。女性は北田信子と名乗り、子供のときに幸男という近所の男の子と横穴で遊んでいて土砂崩れに遭い、幸男を置き去りにして逃げたことが原因で、それ以来穴に入ることができなくなり、百貨店の地下へ下りるのも勇気がいるのだと言う。そして幸男がどうなったのかは知らないと言う。 数日後、幸男がどうなったのか気になって、信子が子供の頃住んでいた町を訪れた雛子は、信子のことを知っている中年女性に話を聞くと、幸男は自力で横穴から脱出して無事だったと言う。そして幸男は翌日、親戚の家に養子に出て行ったが、信子は見送りに出てこなかったと言う。それを聞いた雛子は、土砂崩れの恐怖と、幸男を置き去りにした罪悪感と、それに幸男との別れの寂しさから、いつしか幸男に対する信子の記憶を封印してしまったのだろうと解釈し、次に会う機会があれば、信子に幸男は無事だったと伝えたいと思った。しかし、信子に会うこともないまま終戦を迎え、雛子は動員解除されて学校に戻った。 翌年の年明け、雛子は天王寺駅前の地下鉄出入り口から若い男性と仲良さそうに連れ立って出てきた信子を見かけた。しかし、百貨店の地下に下りるのも怖くて勇気がいると言っていたはずなのに、地下鉄出入り口から出てきたのに恐れる様子が微塵も感じられない信子に違和感を抱く。
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