第二次世界大戦後の警報
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 21:33 UTC 版)
戦後においては、有事に備えた議論がタブー視されたこともあって、民間防衛用の警報システムは長らく不十分な状況が続いた。しかし、1990年代頃に北朝鮮の弾道ミサイルが脅威視されるようになったことなどから、国民保護の議論が本格化し、全国瞬時警報システム(2004年着手)、武力攻撃事態を告知するサイレン(外部リンク参照)の制定などのシステム整備が進められている。 詳細は「全国瞬時警報システム#伝達される情報」および「国民保護#国民向けの広報」を参照 なお、航空自衛隊内部では、3段階の防空状態が設定されており、防空警報を赤(通称アップルジャック)、警戒警報を黄(通称レモンジュース)、警報解除を白(スノーマン)と呼んでいるが、それぞれの警報の正確な段階については不明とされている。ただし、これらの防空警報を適時に国民に伝達する手段については検討課題とされている。
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