町長・市長
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 14:32 UTC 版)
戦前に伊丹町長、戦後は伊丹市長を歴任し、戦後復興に尽力した。 1937年(昭和12年)10月伊丹町長に就任、1939年(昭和14年)7月退任。 町長時代には、日支事変のさなか出征兵士の見送り、軍人家族のための伊丹町軍人援護会の設置、戦死者の町葬執行などの政務に当たる。 1937年に町長室を訪問した俳人により、郷土伊丹の俳人上島鬼貫の短編を入手したことをきっかけに、俳諧関連資料収集を開始する。 1945年(昭和20年)12月17日、第4代市長に就任。1946年(昭和21年)11月26日退任、在任期間1年。 第二次世界大戦後の戦後混乱期に市長を務め、帰還兵士の出迎えや傷病兵士の見舞い、生活物資の確保などの政務に努める。神津町との合併交渉を進め、離任する直前の昭和21年11月に合併の仮調印式を行う。 市町退任後の昭和23年11月、小林聖心女子学園の聖堂で末娘彰子とともにカトリックの洗礼を受ける。洗礼名はフランシス・トマ。翌1949年に自宅でミサを行い(現:「王たるキリストカトリック伊丹教会」)、1974年にはローマ教皇よりグレゴリオ・ナイト章を受ける。
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