生い立ちから政界入りまで
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「マリア・ドローレス・デ・コスペダル・ガルシーア」の記事における「生い立ちから政界入りまで」の解説
スペインの首都マドリードに生まれ、家族の出身地であるアルバセーテ県のエル・ボニージョで育った。17歳で民主改革党(Partido Reformista Democrático)の青年組織に参加。 マドリードのサン・パブロ=CEU大学(スペイン語版)で法学を学び、1991年には国政弁護人団(Cuerpo de Abogados del Estado)に加わった。1992年には公共事業・交通・環境省の司法部門に配属。1994年から96年にかけては社会政策省において国政弁護人としての経験を積み、1997年労働・社会政策省の官房において顧問官として、翌1998年には在米国スペイン大使館において労働・社会政策担当参事官として勤務。1999年労働・社会政策省の事務局長に就任、2000年5月から2002年6月公共行政省次官代理を、その後2004年4月までは内務省次官代理を務めた。2004年5月から2005年12月まで人権裁判所で国政弁護人を務めた。
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