環の局所化とは? わかりやすく解説

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環の局所化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 23:04 UTC 版)

抽象代数学における局所化(きょくしょか、: localization)あるいは分数環 (ring of fraction)商環 (ring of quotient)[注 1] は、環に乗法逆元を機械的に添加する方法である。すなわち、環 R とその部分集合 S が与えられたとき、環 R'R から R' への環準同型を構成して、S の準同型像が R' における単元(可逆元)のみからなるようにする。さらに、R' が「可能な限りで最良な」あるいは「最も一般な」ものとなるようにするということを考える(こういった状況はふつうは普遍性によって表されるべきものである)。環 R の部分集合 S による局所化は S−1R で表され、あるいは S素イデアル

局所化のもつ普遍性とは以下のようなものである[1]

環の局所化の普遍性
環準同型 j : RS−1RS の各元を S−1R の単元に写し、かつ f: RT を別の環準同型で S の各元を T の単元に写すものとすれば、環準同型 g: S−1RTf = gj を満たすものがただ一つ存在する。

この普遍性を圏論の言葉で書けば次のようになる。環 R とその部分集合 S をとり、R 上の多元環 A で標準準同型 RA のもと S の各元が A の単元となるようなもの全体の成す集合を考える。この集合の元を対象とし、R-線型写像を射としてが定まり、この圏の始対象RS における局所化と呼ぶ。

整数環Z, 有理数体Q と表す。

  • R = Z のとき、積閉集合 S = Z − {0} による局所化は S−1R = Q である。
  • R = Zp は素数とする。素イデアル (p) の補集合 S = Z − (p) による局所化 S−1R(p) における整数環の局所化 Z(p) = {m/nQm, nZ, n ∉ (p)} である[2][3]
  • 可換環 R が与えられたとき、R の非零因子(すなわち、R の元 a であって、a を掛けるという操作が R 上の単射自己準同型となるようなもの)全体の成す集合 S は積閉集合である。このときの環 S−1RR全商環と呼ばれ、しばしば Q(R)K(R) などで表される。この SR から S−1R への標準準同型が単射となるような積閉集合として最大のものである。さらに R が整域ならば、これは R商体に他ならない。
  • 整数の剰余環 Z/nZ は、n合成数のとき整域でない。n冪ならば有限局所環であって、その元は単元かさもなくば冪零であるから、この場合の局所化が零環のみしかありえないことが示される。しかし n = ab と分解され、ab1 より大きく、互いに素ならば、Z/nZ中国の剰余定理 によって Z/aZ × Z/bZ に同型であり、S として (1, 0)1 = (1, 1) のみからなる集合をとれば、対応する局所化は Z/aZ になる。
  • Z/6Z の素イデアルは 2Z/6Z3Z/6Z の2つである(したがってクルル次元 0 である)。これらの極大イデアルによる局所化はそれぞれ F2, F3 であり体である。実は、可換環が被約かつクルル次元 0 であることと、任意の極大イデアルにおける局所化が体であることは同値である。(さらにこれはフォン・ノイマン正則であることとも同値である。)
  • R が可換環で fR の元とするとき、積閉集合 {fnn = 0, 1, …}を考えると、これによる局所化は f の冪を可逆にすることによって得られる。f が冪零であった場合、局所化は零環となる。

性質

局所化 S−1R の性質をいくつか挙げる。

  • 可換環 RR の素イデアル に対して、R における補集合 積閉集合で、対応する局所化を であらわす。このとき、 の唯一の極大イデアル に等しい[4]。よって 局所環である。
  • S−1R = {0} となる必要十分条件S が零元 0 を含むことである[2]
  • 環準同型 RS−1R が単射である必要十分条件は S零因子を含まないことである。
  • S−1R の素イデアル全体の成す集合と、RS と交わらない素イデアル全体の成す集合との間には全単射が存在する[5]。この全単射は 環準同型 RS−1R によって誘導される。

応用

主に可換環論代数幾何学において生じる以下の二つの局所化のクラスは、環のスペクトル Spec(R) のザリスキー位相に関する開集合上の函数環を構成するのに用いられる。

  • 集合 S は与えられた元 r の冪全体からなるとする。このときの局所化は、函数 r が零でないようなザリスキー開集合 Ur ⊂ Spec(R)(このような形の集合は「主ザリスキー開集合」と呼ばれる)への制限に対応する。例えば R = K[X]多項式環r = X とすれば、局所化によってローラン多項式K[X, X−1] が得られる。この場合、局所化は埋め込み UA1 に対応する。ただし A1 はアフィン直線であり、U0 の補集合であるようなザリスキー開集合である。
  • 集合 SR の与えられた素イデアル 補集合とすると、 が素イデアルであることから S は積閉集合となる。この場合、「素イデアル による局所化」と呼ぶのが普通である。局所化に対応するのは、素イデアル によって定まる既約ザリスキー閉集合 Spec(R) における補集合 U への制限である。

非可換の場合

非可換環の局所化はより難しく、単元を持つことが見込まれる集合 S の中にも局所化が存在しない場合がある。局所化の存在を保証する条件の一つにオアの条件英語版 がある。

非可換環が局所化を持つ場合で、明らかに興味の対象となるのが、微分作用素の環の場合である。局所化によって、例えば、微分作用素 D の形式逆元 D−1 を解釈することができる微分方程式に対する D−1 の解釈はいろいろなやり方が様々な文脈で行われるが、局所化の方法による解釈は超局所解析 (microlocal analysis) と呼ばれる、いくつかの分野にわたる大きな数学的理論を形成している。接頭辞 micro- は特にフーリエ理論とも関連がある。

注記

  1. ^ ここでいう「分数環」や「商環」は、「分数体」や「商体」と同様の語法であって、剰余環の別名としての「商環」(quotient ring) とは異なる。商体や全商環は本項にいう意味での商環の特別な場合になっている(節を参照)。

脚注

  1. ^ Atiyah & MacDonald 2006, 命題3.1.
  2. ^ a b Atiyah & MacDonald 2006, p. 58.
  3. ^ Lang "Algebraic Number Theory," 特に3–4ページと7ページの下。
  4. ^ Atiyah & Macdonald 2006, p. 58.
  5. ^ Atiyah & MacDonald 2006, 命題3.11.

参考文献

関連項目

外部リンク




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