熊本県・長崎県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県 (1896 - 1903)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/19 23:28 UTC 版)
「第6師管」の記事における「熊本県・長崎県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県 (1896 - 1903)」の解説
1896年に陸軍の師団をほぼ倍増する軍拡が実施されたとき、明治29年勅令第82号(3月14日制定、16日公布、4月1日施行)によって陸軍管区表も改正された。この改正では従来の師管を二分して新しい師管を作り出したため、師管もほぼ倍増になった。このとき、従来の旅管を廃止して同じ地区を師管とし、従来の大隊区を廃止して同じ地区を連隊区とする、というように、区分を格上げすることで、区割り変更を最小限にとどめる工夫がとられた。 第6師管は、北東部の第12師管と南西部の第6師管に分割された。第6師管はほぼ従来の第11旅管を受け継いだが、長崎県と大分県の扱いだけが異なった。第12旅管にあった長崎県を第6師管に渡し、二つの旅管に分割されていた大分県をすべて新第12師管に付けた。発足当初の第12師団の防衛負担を軽くするために、対馬から沖縄までの離島を含めた西方防衛が広く第6師管に委ねられたのである。連隊区は、ほぼ以前の大隊区を継承したが、長崎県では長崎大隊区がなくなり大村連隊区に変わった。警備隊区はそのままである。 第6師管(1896年4月1日以降 - 1903年2月13日)熊本連隊区 大村連隊区 鹿児島連隊区 宮崎連隊区 対馬警備隊区 沖縄警備隊区(当面は鹿児島連隊区) 大島警備隊区(当面は鹿児島連隊区) 五島警備隊区(当面は大村連隊区)
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