湯浅醤油
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/03 09:07 UTC 版)
湯浅醤油
- 日本における醤油発祥の地の一つとして知られる和歌山県有田郡湯浅町で作られる醤油。現在も数社が醤油を製造している。
- 和歌山県有田郡湯浅町に本社を置く調味料メーカーである湯浅醤油有限会社。本記事で説明する。
| 種類 | 特例有限会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒643-0004 和歌山県有田郡湯浅町湯浅1464 |
| 設立 | 2002年1月18日 |
| 業種 | 食料品 |
| 法人番号 | 2170002007446 |
| 事業内容 | 醤油の製造販売など |
| 代表者 | 代表取締役社長 新古敏朗 |
| 資本金 | 300万円 |
| 従業員数 | 11名 |
| 外部リンク | https://www.yuasasyouyu.co.jp/ |
湯浅醤油有限会社(ゆあさしょうゆ)は、和歌山県有田郡湯浅町湯浅1464にある調味料メーカーである。丸新本家の醤油醸造部門を独立させた関連子会社である。代表取締役社長は5代目当主の新古敏朗。
歴史
丸新本家は伝統的に金山寺味噌を製造していた一方、1965年(昭和40年)頃には不採算を理由に醤油醸造を取りやめた。しかし、1994年(平成6年)の湯浅御坊道路開通に伴って、国道42号沿いの販売店の売上が激減したことから、テコ入れと地域活性化のため再度醤油造りに取り込むべく、2002年(平成14年)1月18日に湯浅醤油有限会社が設立された。2004年(平成16年)には蔵見学を始めた。
2018年(平成30年)、フランスのボルドーで醤油製造の試験を開始した[1]2023年(令和5年)3月29日、ボルドーに日本料理レストランの「湯浅のはなれ」(Pavillon Yuasa)を開店させた[2]。レストランガイドのゴ・エ・ミヨでも紹介されている[3]。
商品
主力商品には、事業勃興の契機となった「生一本黒豆醤油」のほか、金山寺味噌造りの際に産生する溜を使用した「九曜むらさき」、また変わり種として「カレー醤油」などがある。
取り組み
小学校でのマイ醤油プロジェクト[4]を行うなど、食育の取り組みも行っている。
施設
- 九曜蔵 - バスの乗り入れが可能な醤油工場見学蔵。試飲コーナーも設置
店舗
- 湯浅本店 - 和歌山県有田郡湯浅町湯浅1466-1
- 田辺店 - 和歌山県田辺市新庄町2915-333
- とれとれ市場南紀白浜店 - 和歌山県西牟婁郡白浜町堅田2521
脚注
- ^ “フランスで湯浅醤油を造るプロジェクト 6 仕込み編”. 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ (2018年11月23日). 2025年10月15日閲覧。
- ^ 和歌山のしょうゆ製造会社がフランスに直営レストラン出店 和歌山経済新聞、2023年4月11日
- ^ “Pavillon Yuasa” (英語). Gaultmillau. 2025年9月22日閲覧。
- ^ “マイ醤油完成 写真!!”. 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ (2011年3月12日). 2025年10月15日閲覧。
関連項目
外部リンク
湯浅醤油有限会社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/25 09:49 UTC 版)
湯浅醤油有限会社(ゆあさしょうゆ)は、和歌山県有田郡湯浅町湯浅にある調味料メーカーである。代表者の五代目当主新古敏朗は丸新本家の代表取締役でもあり、醤油醸造部門を独立させた関連子会社である。親会社の丸新本家は金山寺味噌製造の名門である一方、醤油醸造については不採算を理由に昭和40年頃から途絶えていた。しかし、湯浅御坊道路開通に伴い国道42号線沿いの販売店の売り上げが激減したことから、テコ入れと地域活性化のため再度醤油造りに取り込むべく新会社を設立した。 主力商品には、事業勃興の契機となった「生一本黒豆醤油」のほか、金山寺味噌造りの際に産生する溜を使用した「九曜むらさき」、また変わり種として「カレー醤油」などがある。 小学校でのマイ醤油プロジェクトを行うなど、食育の取り組みも行っている。 2004年醤油製法を知らない人が多いのに気づき見学を始めた。 2018年フランスボルドーで醤油つくりのテストを始めている。
※この「湯浅醤油有限会社」の解説は、「湯浅醤油」の解説の一部です。
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