渡辺孝夫とは? わかりやすく解説

渡辺孝夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/10/04 01:58 UTC 版)

渡辺 孝夫(わたなべ たかお、1949年3月25日 - )は、大阪府を登録地としていた元競輪選手日本競輪学校第29期生。

来歴

中京大学時代、1970年和歌山競輪場で行われた全日本大学対抗選手権自転車競技大会(通称:インカレ)の1000mタイムトライアルで優勝[1]。また、同年の全日本アマチュア自転車競技選手権大会(通称:全アマ)の同種目でも優勝した[2]

競輪学校では卒業記念レースで2位に入った。1972年4月16日岸和田競輪場(以下、岸和田)でデビューし初勝利。その後の2戦も勝ち、デビュー場所で完全優勝。

1974年競輪祭・新人王戦小倉競輪場、以下 小倉)で完全優勝[3]

1978年オールスター競輪西宮競輪場、6位)と競輪祭・競輪王戦(小倉、4位)で決勝進出。

2000年2月13日、岸和田で通算300勝を達成。

2006年1月27日選手登録削除。通算成績2721戦317勝。

また、1973年と1981年トラックレース世界選手権に出場した。

参考文献

外部リンク



渡邊孝夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/02 14:57 UTC 版)

渡邊 孝夫(わたなべ たかお、1943年(昭和18年)12月24日 - )は、日本銀行家西京銀行相談役

来歴・人物

福岡県出身。福岡大学商学部卒業後、当時の山口相銀入行。

頭取、会長在任時は、ライブドアとの提携によるインターネット銀行構想の挫折や明らかになった内部管理体制の問題点などを克服するため、地元回帰と経営改善に取り組んだ。

略歴

  • 1966年(昭和41年)4月 - 山口相互銀行(現西京銀行)入行。
  • 1997年(平成9年)
    • 4月 - 資金証券部長。
    • 6月 - 取締役総務部長。
  • 1998年(平成10年)6月 - 取締役下関支店長。
  • 1999年(平成11年)
    • 4月 - 取締役下関支店長兼下関地区統括部長。
    • 10月 - 取締役下関支店長兼新地支店長兼下関地区統括部長。
  • 2001年(平成13年)6月 - 常務取締役関福地区本部長。
  • 2003年(平成15年)6月 - 常務取締役兼常務執行役員関福地区本部長。
  • 2004年(平成16年)6月 - 専務取締役兼専務執行役員。
  • 2005年(平成17年)7月 - 相談役兼西京リース会長。
  • 2006年(平成18年)6月 - 取締役頭取(代表取締役)。
  • 2010年(平成22年)6月 - 取締役会長(代表取締役)。
  • 2011年(平成23年)6月 - 相談役[1]

脚注

  1. ^ “人事、西京銀行”. 日本経済新聞. (2011年5月16日). http://www.nikkei.com/article/DGXNMSJT72101_W1A510C1000000/ 2014年11月2日閲覧。 

 





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