浦舟水道橋とは? わかりやすく解説

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浦舟水道橋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/10 23:59 UTC 版)

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浦舟水道橋
浦舟水道橋。下流側より
基本情報
日本
所在地 神奈川県横浜市南区
交差物件 中村川
設計者
施工者
野口嘉茂
建設 1926年昭和元年)
座標 北緯35度26分1.85秒 東経139度37分39.3秒 / 北緯35.4338472度 東経139.627583度 / 35.4338472; 139.627583
構造諸元
形式 ピン結合プラットトラス橋
材料
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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浦舟水道橋(うらふねすいどうばし)は、神奈川県横浜市南区中村川に架かる、歩行者専用トラス橋である。現存するピン結合のプラットトラス形式の道路橋としては最古のものである[1]

歴史

本橋のトラス1893年明治26年)に、神奈川県技師の野口嘉茂の設計により、イギリスのシェルトン社製の鋼材を使用して堀川(中村川の下流部)の西之橋として架設された。その後関東大震災の復興事業として、1927年昭和2年)に西之橋の上流の中村川の翁橋に転用された。首都高速神奈川3号狩場線の高架橋建設に伴う護岸改修工事に合わせ、1989年平成元年)に、以前「ドンドン橋」と呼ばれた人道橋のあった位置[2]に移設された[1]。西之橋として使われていた当時より規模は縮小されている[3]

現橋

左岸は南区浦舟町二・三丁目、右岸は同中村町三丁目となる。トラスは朱色に塗装され、路面は板張りとなっている。中村川直上には首都高速狩場線の高架が通り、左岸には横浜市立大学附属市民総合医療センター、右岸には神奈川県埋蔵文化財センターかながわ考古学財団本部、横浜市立中村小学校などが近くに所在する。1991年(平成3年)には、同じ中村川の吉野橋、架け替え後の西之橋とともにかながわの橋100選[4]2000年(平成12年)には横浜市認定歴史的建造物[1]に認定された。

隣接する橋

  • 中村川

(上流側) - 道場橋 - 浦舟水道橋 - 三吉橋 - (下流側)

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 歴史を生かしたまちづくり・認定歴史的建造物(横浜市道路局)
  2. ^ 『橋の空間演出』p48
  3. ^ 第36回 横浜ぶらり橋めぐり その4「野毛山のつり橋・浦舟水道橋」(ぶらり横浜観光)
  4. ^ 『かながわの橋100選写真集』p23

参考文献

  • 池田尚治『かながわの橋100選写真集』神奈川県、1992年、23頁。
  • 地域資産発掘CORPS『橋の空間演出』株式会社ムーサ、1996年2月28日、48頁。



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