津軽海峡貨物船漂流事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 08:06 UTC 版)
「メアリー・セレスト」の記事における「津軽海峡貨物船漂流事故」の解説
1950年12月30日、4隻の2000トン級の貨物船が北海道での石炭積み込みのため津軽海峡東方を北上していた。1隻は船齢35年の老朽船、残る3隻も低性能の戦時標準船で、いずれも空船またはそれに近い状況であった。それまでは順調な航海であったが、当日夜から日本付近では冬型気圧配置が強まって平均20メートル前後の強風が吹き始めたため、4隻の船は操船の自由を失って東方洋上に漂流し始めた。このように空船で極端に喫水が浅く、しかも低速の船が強風にさらされた場合、どのように操船しても船首を風上に向ける事はできず、吹き流される。 年が明けて1951年1月、4隻のうち2隻は上旬から中旬にかけて自力で辛うじて港に入ったが、あとの2隻は操船叶わず、船長と船員らの意思疎通がうまく行かなかったなどの理由もあって船体の放棄を決め、1月5日から10日にかけて救援に来た船に船長以下乗組員全員が無事に乗り移った。無人船となった2隻のうち、1隻は5日後に巡視船によって発見されたが、残る1隻は実に1ヵ月半近くたってから、日付変更線付近の中部太平洋上を漂流しているのがアメリカ船により発見された。
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