江戸川区成立まで
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明治22年(1889年)、市制・町村制が施行され、東京市(15区からなる)が成立、府下の6郡は、既存の町村が廃置分合(合併)して85町村となった。85町村のうち南葛飾郡に属していたのは1町23村で、このうち現在の江戸川区の区域に該当するのは小岩村、平井村、小松川村、船堀村、一之江村、松江村、鹿本村、篠崎村、瑞穂村、葛西村の10村である。これら10村とそれ以前の旧村との対応関係は次節のとおりである。 小岩村 - 下小岩村、中小岩村、上小岩村、伊予田村、小岩田村 平井村 - 上平井村、中平井村、下平井村 小松川村 - 逆井村、西小松川村(除:字堤外、境川以東の字堂ヶ島地先)、東小松川村の一部(境川以北の字金子地先) 船堀村 - 西船堀村、東船堀村、西宇喜田村の一部(宇喜田川以南の字棒芦場地先)、桑川村の一部(字小島飛地)、西一之江村の一部(飛地字新田)、西小松川村の一部(字堤外)、東小松川村の一部(飛地字新田) 一之江村 - 東一之江村、新堀村、一之江新田、谷河内村(除:字中耕地500 - 507番地)、鹿骨村の一部(字向田1577番地) 松江村 - 東小松川村(除:飛地字新田、境川以北の字金子地先)、西一之江村(除:飛地字新田)、西小松川村の一部(境川以東の字堂ヶ島地先) 鹿本村 - 上一色村(除:字六ツ割飛地)、本一色村、興之宮村、松本村、鹿骨村(除:字向田1577番地、字向田飛地)、谷河内村の一部(字中耕地500 - 507番地) 篠崎村 - 上篠崎村、下篠崎村、伊勢屋村、上鎌田村、笹ケ崎村、鹿骨村の一部(字向田飛地) 瑞穂村 - 下今井村(除:飛地)、二之江村(除:飛地、字宮前のうち新川以南)、上今井村、下鎌田村、当代島村、前野村 葛西村 - 長島村、桑川村(除:字小島飛地)、東宇喜田村、西宇喜田村(除: 宇喜田川以南の字棒芦場地先)、下今井村の一部(飛地)、二之江村の一部(飛地、字宮前のうち新川以南) 以上のほか、上一色村の字六ツ割飛地は奥戸村(現葛飾区のうち)に編入された。なお、市制町村制施行に先立つ明治18年(1885年)、千葉県東葛飾郡欠真間村の飛地が当時の下鎌田村と当代島村に編入されている。 明治28年(1895年)、松江村大字西小松川字堂ヶ島を大字東小松川に編入。同年、千葉県東葛飾郡と東京府南葛飾郡の境界が変更された。これは江戸川(旧江戸川)の東岸にあった東京府の飛地を千葉県に編入し、西岸にあった千葉県の飛地を東京府に編入したものである。編入先は以下のとおりである。 篠崎村伊勢屋の一部 → 南葛飾郡行徳町へ編入。 篠崎村上鎌田の一部 → 南葛飾郡行徳町へ編入。 南葛飾郡行徳町大和田の一部 → 篠崎村へ編入。同村大字大和田となる。 南葛飾郡行徳町東行徳の一部 → 篠崎村へ編入。同村大字本行徳となる。 南葛飾郡南行徳町欠真間の一部 → 瑞穂村へ編入。同村大字前野に編入。 南葛飾郡浦安村堀江の一部 → 葛西村へ編入。同村大字堀江となる。 上記の境界変更後の各村の大字名は以下のとおりである。 小岩村 - 下小岩、中小岩、上小岩、伊予田、小岩田 平井村 - 上平井、中平井、下平井 小松川村 - 逆井、西小松川、東小松川 船堀村 - 西船堀、東船堀、西一之江、西小松川、東小松川 一之江村 - 東一之江、新堀、一之江新田、谷河内 松江村 - 東小松川、西一之江、西小松川 鹿本村 - 上一色、本一色、興之宮、松本、鹿骨、谷河内 篠崎村 - 上篠崎、下篠崎、伊勢屋、上鎌田、笹ケ崎、鹿骨、本行徳、大和田 瑞穂村 - 下今井、二之江、上今井、下鎌田、当代島、前野 葛西村 - 長島、桑川、東宇喜田、西宇喜田、下今井、二之江、堀江 西小松川、東小松川、西一之江、鹿骨、谷河内、下今井、二之江は複数の村に同名大字が並存している。これは旧村の区域が複数の新村に分かれて編入されたためである。 大正2年(1913年)には瑞穂村と一之江村が合併し、旧村名の1字ずつをとって瑞穂村となった。 大正3年(1914年)には荒川放水路の開削に伴い、村の区域が再編された。すなわち、荒川放水路によって分断された平井村、小松川村、船堀村が廃止され、これら3村の区域の一部は新設の小松川町となり、残余は松江村と奥戸村(現葛飾区のうち)に編入された。旧平井村は荒川放水路以西が小松川町となり、以東は奥戸村のうちとなった。旧小松川村と旧船堀村は荒川放水路以西が小松川町となり、以東は松江村のうちとなった。 新旧町村の編入関係は以下のとおりである。 小松川町 旧小松川村のうち逆井(全)、西小松川(一部)、東小松川 旧平井村のうち中平井(一部)、下平井 旧船堀村のうち西船堀(一部)、西小松川、東小松川(一部) 松江村に編入 旧船堀村のうち西船堀(一部)、東船堀(全)、西一之江(全)、東小松川(一部) 旧小松川村のうち西小松川(一部) 奥戸村に編入 旧平井村のうち上平井(全)、中平井(一部)、下平井(全) 「西小松川」と「東小松川」は、小松川村、松江村、船堀村の3村に分かれて存在する大字であったが、上記の大正3年の廃置分合により、荒川放水路以西が小松川町小松川、以東が松江村西小松川・東小松川となった。 以上の廃置分合の結果、後の江戸川区に該当する地域の自治体は小岩村、小松川町、瑞江村、松江村、鹿本村、篠崎村、葛西村の1町6村となった。このうち、松江村は大正15年(1926年)、小岩村は昭和3年(1928年)にそれぞれ町制を施行している。
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