核ミサイル基地の発見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 02:53 UTC 版)
「キューバ危機」の記事における「核ミサイル基地の発見」の解説
1962年10月9日、米軍の上空偵察委員会はU-2偵察機によるハバナ南方のサンクリストバル一帯の偵察飛行を提言した。キューバからの人的情報で特に怪しいと見た地域である。ケネディはすぐに許可したがこの任務は悪天候のため何日か延期となり、ようやく10月13日午後11時半にカリフォルニア州エドワーズ空軍基地から飛び立った。そして翌10月14日の朝までにはキューバに達し、キューバ上空で偵察飛行を行い、フロリダに帰着した。 このアメリカ空軍のロッキードU-2偵察機が撮影した写真について、翌15日月曜日の午前にワシントンの国家写真解析センター(NPIC)でフィルムの解析が行われた。オレグ・ペンコフスキー大佐がもたらした技術仕様書や、メーデーの際にクレムリン広場をミサイル搭載車がパレードした際の写真と見比べて解析したアメリカ空軍とCIAの解析班は、アメリカ本土を射程内とするソ連製準中距離弾道ミサイル(MRBM)の存在を発見、さらにその後3つの中距離弾道ミサイル(IRBM)を発見した。
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