東武練馬駅開業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 06:20 UTC 版)
1914年(大正3年)に東上線が開通したが、上板橋駅の次は成増駅で当地に駅はなかったため、この町の発展は遅々たるものであった。かえって機関車の出す煙の火の子(粉)のため、東武練馬付近の農家の藁屋根に移り火して全焼したり枕木が燃え出すなど、東上鉄道の経営不振と相まって余り評判がよくなかった。結局、1920年(大正9年)の東武鉄道との合併、1929年(昭和4年)の電化を経て2年後、1931年(昭和6年)12月に東武練馬駅が開業した。陸軍練馬倉庫の開設に続いて、翌1941年(昭和16年)に後の東京都立北野高等学校(当時・東京府立北野高等女学校)が徳丸に開校し、乗降客も多くなった。 1941年(昭和16年)はまた、川越街道新道が開通(計画は1937年《昭和12年》)。同倉庫や朝霞の士官学校に通じる道路として重要となり、倉庫敷地も拡張されていった。
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