木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ
作 者 | |
季 語 | 木の葉降る |
季 節 | 冬 |
出 典 | |
前 書 | |
評 言 | 楸邨は東京生まれ。東京文理大学卒業である。26歳で「馬酔木」に投句を始め、35歳で「寒雷」創刊、主宰となっている。 この句を読んだとき、すぐに寺田虎彦氏の作品に、木の葉がいっせいに葉を落とす光景を目の当たりにして驚いたという文章があったのを思い出した。寺田氏は地球物理学を専門に研究された大学教授である。 楸邨も理系出であるが、寺田氏とは違って、冬支度を始めた木が、次々に葉を振り落とし、散り急いでいる様を見て「いそぐないそぐなよ」と心を痛めている。ここには寺田氏とは違う楸邨の感受性がある。いったい何をそんなに急ぐ必要があるのか。もっとゆっくりしたらどうか。「いそぐないそぐなよ」と呼びかけずにはいられない楸邨の思いが滲み出ている。 思えば自分もまた散り急ぐ木の葉と同じように、何か分けのわからぬ力に押されるようにして必死に突っ走ってきてしまった。「いそぐないそぐなよ」と木の葉一枚一枚に向かって呼びかけつつ、自分自身につぶやいている作者自身の姿が見えてくる。 そしてまた、日本人の姿も散り急ぐ木の葉のように、まさに急ぎに急ぐ民族で、勝ち組でなければだめ人間。自分さえよければ・・。騙されるほうが馬鹿なんだ。といった風潮が世の中を席巻していた。 ところが今回日本を襲ったマグニチュウド9という前例のない大震災は、日本人というものを見直す機会ともなった。総てを失った被災者達の姿を見て、意外にも外国のメディアが賞賛の声を送っているのだ。命の水や救援物資に整然と並ぶ日本人の姿に驚くと同時に日本人の持つ礼節さを褒め称えているのだ。 散り急ぐ木の葉のようにスピードばかり求めてきた日本人が楸邨のつぶやきにも似て「いそぐないそぐなよ」と互いに優しさと思いやりをもって支え合っている。日本中が今、優しさのベールに包まれている。大きな痛手を蒙ったけれど、日本人の本質は変わってはいないのだ。楸邨の句と共にそんな思いを新たにしたのである。 |
評 者 | |
備 考 |
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