明石海峡と文学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/14 08:24 UTC 版)
古来より、夕日が美しく淡路島を望む風光明媚な地であり、またその海流の速さから周辺が汐待の地ともなっていたことから、『万葉集』、『古今集』、『新古今集』の頃より多くの歌人・俳人などに歌われてきた。松尾芭蕉も明石を訪れ、蛸壺をテーマにしたユニークな句を残しており、後に松岡青蘿が芭蕉の顕彰碑「蛸壺塚」を建てている。 和歌 『万葉集』 灯火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家の辺り見ず(柿本人麻呂) 淡路の野島が崎の濱風に妹が結びし紐吹きかへす(柿本人麻呂) 船並めて仕へ奉るし尊き見れば(山部赤人) 粟島に漕ぎ渡らむと思へども明石の門波いまだ騒げり(作者不明) 『古今集』 わたつみのかざしにさせる白妙の浪もてゆへる淡路島山(作者不明) 『百人一首』 淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守(源兼昌) 来ぬ人を松帆の浦の夕凪に焼くや藻塩の身もこがれつつ(藤原定家) 『拾遺愚草』 淡路島ゆききの舟の友がほにかよひなれたる浦千鳥かな(藤原定家) 俳句 蛸壺やはかなき夢を夏の月 (松尾芭蕉) 近代・現代文学 『蓼喰ふ虫』(谷崎潤一郎:淡路島を舞台とする)
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