明治以降 : 歳の市と初売りの共存
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「仙台初売り」の記事における「明治以降 : 歳の市と初売りの共存」の解説
明治6年(1873年)の改暦以降、(新暦)1月1日の初詣が盛んになった。また、仲見世は12月31日(大晦日)まで延長され、1月2日は初売(売り初め・買い初め)・初荷という年中行事になっていくが、旧暦でもこれらは行われたため年2回の開催となる。その後、仲見世の開催場所は新興商業地区の東一番丁や南町通りへと移り、「歳の市」(としのいち)と呼ばれるようになった。 明治20年代になると歳の市では各種小屋掛興行や活動写真・軽業などの興行が行われて仙台を代表する祭りの1つとして発展、開催場所も市街中心部全般に広がって、期間も1月2日まで延長された。これで「歳の市」という祭りが「初売り」と共存することになり、景物(景品)が出される初売りの1月2日の午前3時には過ぎには店頭に黒山の人だかりが生じ、午前4時頃の開店で店はごった返すようになった。 歳の市は明治末期から大正初期に全盛期を迎えるが、1919年(大正8年)3月2日に発生した南町大火により、中心的な会場となっていた南町通り周辺は焼き尽くされてしまう。市は復興に合わせて市区改正を実施し、さらに1926年(大正15年)に仙台市電を開業させた。路面電車の軌道敷設に合わせて拡幅された道路が縦横に走るようになった昭和初期の市街地では、歳の市は4箇所(東一番丁、東二・三番丁、北一番丁、南町通り)で分散開催されるようになった。また、藤崎や三越仙台支店(現仙台三越)といった百貨店の開業により、仮設市の歳の市は大型店のクリスマスセール、歳末セール、初売りと競合することになった。
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