日本軍の仏印進駐
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 09:52 UTC 版)
1940年9月22日、大日本帝国(日本)は北部仏印に進駐し、東南アジアの連合国を攻撃するための軍事基地の建設を始めた。日本軍は連合国に降伏した1945年まで、ベトナムにとどまった。 1944年には、凶作による飢饉に加え、アメリカ軍の空襲による南北間輸送途絶や、フランス領インドシナ植民地政府及び日本軍による食糧徴発などが重なり北部(トンキン)を中心に200万人以上(諸説あり)が餓死したとされる。 1945年3月11日、 保大(バオ・ダイ)帝が日本の援助下でベトナム帝国の独立を宣言した。 「en:Vietnam during World War II」も参照
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