日印関係への貢献
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 03:30 UTC 版)
1949年には、東京都中央区銀座に日本初のインド料理専門店「ナイルレストラン」を開店(同店は二代目G. M. ナイル、三代目ナイル善己に引き継がれた)。同年、これまでの豊富な経験と知識、人脈が評価され、駐日インド大使の顧問に就任する。 1952年に連合国軍による日本の占領が終わってからも、パール判事が訪日した際にはブレーンを務めたほか、石橋湛山や大野伴睦、藤山愛一郎など日本の政財界人との広い交友関係を生かし、在日インド人協会の代表などを歴任するなど、様々な形での日印親善活動を続けた。 1952年には小泉忠三郎とともにナイル商会を設立、インドの食材などの輸入、販売を手掛ける。ヱスビー食品にスパイスを供給したり、インド大使館の公式行事に協力するなど、日本におけるインド料理の普及に大きく貢献している。 日本で初めてのインド料理専門店となったナイルレストランとナイル商会の商売は順調に行き、さらにインド政府の依頼により1970年の大阪日本万国博覧会のインド館のレストランの運営にも協力した。
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